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個性的な客
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「じゃあ早速キッチンを……」
使うために案内しようとした時、鼻をくすぐる香りに思考を奪われる。
店全体をふんわり包み込むような、濃厚でかぐわしい匂いが漂う。
「うむ、今日も俺の淹れたコーヒーがうまい」
風子と葉月ちゃんに初めてお目見えした時の場面が再来する。
振り返った先にはもう、予想通りの光景しかなかった。
自画自賛するのはけっこうだが、明らかに立場を理解していない。
キッチンのど真ん中で挽き立てのコーヒーを飲んでいる場合ではない。
肩をいからせ大股開きでカウンターを回り突き進む。空気を読まずくつろいでいる鬼に文句を言うためだ。
「ちょっと閻火、お客様じゃないんだから働いてくださいよ!」
意気込んで注意したものの、閻火はペースを崩すことなく整った面持ちのまま視線をくれた。
「萌香よ、先ほどの奇策はなかなかよかったぞ、さすがは俺の妻だ」
飛び込んできた賞賛の声に怒りモードのネジが緩む。こんなはずではなかったのに。
「ま、まあ、ね」
「どうした? 妻を否定しなくていいのか?」
ほうけた顔で首を捻る。目の前にある閻火の顔が得意に染まっているのを見て、その意味に追いついた。
途端、みるみるうちに顔が熱くなる。
「違いますから!」と焦って訂正してみても、閻火は知らん顔でコーヒーを啜っている。
閻火が毎日飽きもせずに繰り返すから反応するのも面倒になっただけ。決して妻という立場がしっくり来ると認めたからではない。この細やかな抵抗が一体いつまで可能だろう。
その答えよりも先に、頭を悩ませる事態が発覚する。
視線に気づき後ろを向けば、私についてきたおじさん二人が目に入る。
どちらも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「萌香ちゃん、いつの間に結婚したんだ?」
「ずいぶん派手なイケメンの兄ちゃんだな、てっきり萌香ちゃんは藍之介くんと一緒になると思ってたのに」
使うために案内しようとした時、鼻をくすぐる香りに思考を奪われる。
店全体をふんわり包み込むような、濃厚でかぐわしい匂いが漂う。
「うむ、今日も俺の淹れたコーヒーがうまい」
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振り返った先にはもう、予想通りの光景しかなかった。
自画自賛するのはけっこうだが、明らかに立場を理解していない。
キッチンのど真ん中で挽き立てのコーヒーを飲んでいる場合ではない。
肩をいからせ大股開きでカウンターを回り突き進む。空気を読まずくつろいでいる鬼に文句を言うためだ。
「ちょっと閻火、お客様じゃないんだから働いてくださいよ!」
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「萌香よ、先ほどの奇策はなかなかよかったぞ、さすがは俺の妻だ」
飛び込んできた賞賛の声に怒りモードのネジが緩む。こんなはずではなかったのに。
「ま、まあ、ね」
「どうした? 妻を否定しなくていいのか?」
ほうけた顔で首を捻る。目の前にある閻火の顔が得意に染まっているのを見て、その意味に追いついた。
途端、みるみるうちに顔が熱くなる。
「違いますから!」と焦って訂正してみても、閻火は知らん顔でコーヒーを啜っている。
閻火が毎日飽きもせずに繰り返すから反応するのも面倒になっただけ。決して妻という立場がしっくり来ると認めたからではない。この細やかな抵抗が一体いつまで可能だろう。
その答えよりも先に、頭を悩ませる事態が発覚する。
視線に気づき後ろを向けば、私についてきたおじさん二人が目に入る。
どちらも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「萌香ちゃん、いつの間に結婚したんだ?」
「ずいぶん派手なイケメンの兄ちゃんだな、てっきり萌香ちゃんは藍之介くんと一緒になると思ってたのに」
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