鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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個性的な客

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 おっと、いけない。お客様を詮索するなんて。どんな事情があったとしても、お客様は神様です。
 そんな謳い文句がテロップのように頭に流れた時、テーブルの向こう側からこちらに向かってくる年配男性に気がついた。
 以前私のコーヒーに苦言を述べていた、痩せ型と恰幅のいい二人組だ。もちろん私が偶然聞いてしまったことは知らず、あれからも毎朝足を運んでくれている。

「こんにちは、萌香ちゃん」
「今、気になる話が聞こえたもんで」

 どうやらコーヒー体験の話題に興味を持ち、声をかけてくれたようだ。
 二人は本当にコーヒーが好きなのだろう。
 きっと私よりもずっと、長い人生を深い味わいとともに歩んできたのだと思う。
 そんなお客様に半端なものを出して申し訳なかったと、今なら嘆くよりも素直に受け止められる。
 そしておばあちゃんの顧客が離れていく中で、見放さずにいてくれた彼らに心から感謝した。
 その気持ちをまとめて謝罪とお礼を告げると、おじさんたちは面食らったあと「いやいや、いいんだよ」と優しく笑ってくれた。

「萌香ちゃんはまだ若いんだし、これからが楽しみってもんだ」
「柚子香さんだって最初からうまくできたわけじゃない、四苦八苦して店を軌道に乗せたんだから」

 二人の言葉は目から鱗だった。
 おばあちゃんにも若い時代があり、多くの積み重ねを経て大人になったのだ。
 私が知っているおばあちゃんはその集大成であり、ほんの一部に過ぎない。
 おばあちゃんはすごい、と羨む前に、背景の努力に目を向けたい。それができれば、おばあちゃんをもっと近くに感じられる気がした。

「ありがとうございます、お二人とも……私、がんばりますから、悪いところがあったらビシバシ言ってくださいね!」
「おお、やる気だねぇ、萌香ちゃんらしくていいじゃないか」
「柚子香さんはおっとりしていたから、パワーは萌香ちゃんの方がすごいよ」
「はいっ、根性だけは負けません!」

 気合い十分に力こぶを作ってみせる。
 あのあと顔を合わせるのが気まずかった二人と、こんなに楽しく会話ができるなんて嘘のように嬉しかった。
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