鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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個性的な客

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 今時珍しい瓶底のように厚いレンズ。その奥に見える黒い瞳がなにかを探すようにあちこち移動する。
 料理が並んだテーブルの前で肩を丸めた彼女が「あのぅ」と小さく発した。

「コーヒーはないのですか?」

 カウンターの手前に並んだ透明のケトル、その中を満たすのはフルーツジュースやミルクばかり。
 きっと誰かから切り込みが入ると思っていたけれど、あえてそのままにしていた。
 喫茶店といえばコーヒー。これは今も昔も変わらない伝統のようなものだ。

「……すみません、私、あまりコーヒーを淹れるのが得意じゃなくて」

 できるふりをするのはもうやめた。
 今ここに出している料理だって、みんな私が好きなものばかり。
 傷ついても本当の自分で前に進みたい。

「おばあちゃんの跡を継いだはいいんですが、なかなかうまくできなくて……よかったら教えていただけませんか?」

 お客様に教えを乞うなんて人によってはクレームになりかねないけれど、そんなリスクは承知の上だ。
 プライドなんて努力と結果が伴ってこそ備わるもの。未熟な今の私には恥をかいてでもさまざまな経験を積む必要がある。
 彼女はしばし私の瞳を見つめたあと、前傾姿勢になり口元に手を当てた。
 メガネとマスクのせいで表情が読み取れないけれど、次第に耳につく吐息が震えるような音に安堵を得る。

「ふふふ、いいですね、なんとも大胆で、好きですよそういうのは」
「よかったです、怒られないかドキドキしながら言ったので」
「本物の喫茶店でコーヒー体験ができるなんて楽しいですよ、ぜひお願いいたします」
「あっ、いえいえこちらこそ!」

 帽子のてっぺんが見えるほど礼をされ、焦って姿勢を低くした。
 受け答えはしっかりしているし言葉使いも丁寧で、良識ある大人の女性の印象だ。
 時折メモにペンを走らせているのが気にはなった。この怪しげな格好にもなにか理由があるのだろうか。
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