鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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個性的な客

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 心の準備がまだな時に限って、その時はすぐに訪れる。
 葉月ちゃんと話をして間もなく、三度目の鈴が鳴った。
 「いらっしゃいませ」と私が行くと、隣についた葉月ちゃんが蚊の鳴くような声で復唱する。
 四歳くらいの子連れの綺麗な女の人だ。
 服装はカジュアルなパンツスタイルで、トレーナーにざっくりと鍵網のカーディガンを羽織っている。水仕事のせいだろうか、白っぽくかさついた手にはうちのチラシが握られていた。

「これを見てきたんです、とても素敵で目を引いたもので」

 彼女の言葉に葉月ちゃんが「へっ」と裏返った声を漏らした。

「そうなんですか、ありがとうございます。実はそちらのチラシこの子が作ったんですよ、まだ中学生なのにすごくないですか?」
「へえ、そうなんですか!? すごい!」
「い、いえ、そそんな」

 すかさずアピールすると、彼女は葉月ちゃんを見て褒めてくれた。自分の行いに反応があるのは本当に嬉しいことだ。こんなふうに面と向かって感想を伝えてくれる人がいたら、やり甲斐も湧き次に繋がる。照れる葉月ちゃんに、足元に寄り添うしまちゃんも心なしか嬉しそうだ。
 
「予約とかしてないんですけど大丈夫ですか?」
「全然大丈夫ですよ、そんなにたくさん来られないと思いますしね」

 そう答えるや否や、子供に目をやった彼女が世界の終わりのような顔をした。
 「きゃー!」と悲痛な声を上げたその視線を追うと、お母さんとお揃いのカーディガンを着た幼女が壁を破いていた。
 とはいえ爪で掻きむしったわけではない。
 なにか荷物の角でもぶつかってできたような傷、そこがめくれて壁紙が剥がれかけていた。つまり元からきっかけがあったのだ。
 ちょうど女の子の目線に来るので気になったのだろう。

「す、すみません! こら、やめて謝りなさい!」
「かまいませんよ、最初から……」

 ふと、脳裏に浮かぶ言葉。
 以前の私なら飲み込んだはずのそれを、今は声にして言える。

「うちはおんぼろなので、気にしないでください、楽に行きましょう」

 ありのままでいられることは、きっと自分だけでなく誰かの気持ちもほどけるもの。
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