鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
99 / 158
赤鬼と青鬼

22

しおりを挟む
カルロが咳払いをすると、潮が引いたように女中たちがいなくなった。いまだナイフとフォークを突き立てたまま現実を受け入れられない俺に、カルロはカラッとした声色で言う。


「大失敗でしたね」

「でも料理は喜んでもらえた」

「そう……でしょうか……?」


ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。


「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」


俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。


「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」

「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」

「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」


目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。


「リノール様」

「そうか、素手で触っては……」

「違います。往生際が悪うございます」


カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。


「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」


カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。


「じゃあ……」


俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。


「リノール様……」

「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」


正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。


「馬上槍試合、見てみたかったな……」


つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。

本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。


「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」

「カルロ……」

「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」

「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」

「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」


カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。


出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

jumbl 'ズ

井ノ上
キャラ文芸
青年、大吉は、平凡な日々を望む。 しかし妖や霊を視る力を持つ世話焼きの幼馴染、宮森春香が、そんな彼を放っておかない。 春香に振り回されることが、大吉の日常となっていた。 その日常が、緩やかにうねりはじめる。 美しい吸血鬼、大財閥の令嬢、漢気溢れる喧嘩師、闇医者とキョンシー、悲しき天狗の魂。 ひと癖もふた癖もある連中との出会い。 そして、降りかかる許し難い理不尽。 果たして、大吉が平穏を掴む日は来るのか。

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

白い鬼と呼ばれた少年〜世界有数の財閥の御曹司、ネット小説にハマって陰キャに憧れる〜

涼月 風
キャラ文芸
 世界有数の財閥の御曹司である貴城院光彦は、何不自由のない生活をおくっていた。だが、彼には悩みがある。そう、目立ちすぎるのだ。  貴城院という名前とその容姿のせいで、周りが放っておかない生活を強いられていた。  そんな時、とある小説投稿サイトに巡り合い今まで知らなかった『異世界』とか『ダンジョン』とかのある物語の世界にのめり込む。そして、彼は見つけてしまったのだ。『陰キャ』という存在を。  光彦は『陰キャ』に憧れ、お祖父さんを説得して普通の高校生として日常を送る事になった。  だが、光彦は生来の巻き込まれて体質でもあった為、光彦を中心としたいろいろな事件に巻き込まれる。  果たして、光彦は自分の前に立ち塞がる運命を乗り越えられるのだろうか?

不機嫌な藤堂君は今日も妖を背負っている

時岡継美
キャラ文芸
生まれつき不思議なものが見える上に会話までできてしまう浮島あかりは、高校入学早々とんでもない光景を目にした。 なんと、妖(あやかし)を山のように背負っている同級生がいたのだ。 関わり合いになりたくないのに、同じ整美委員になってしまったことをきっかけに、二人の恋がゆっくりと動き出す――。 ※エブリスタにて完結している作品を加筆・改稿しながら転載しております 表紙は、キミヱさんのフリー素材をお借りしました ttps://www.pixiv.net/users/12836474 ☆本作品はフィクションであり、実在する人物、団体名とは一切関係がありません。  また妖怪や都市伝説に関しては諸説あります。本作品に登場するあやかしたちは、エンターテイメントとして楽しんでいただけるよう作者がアレンジを加えていることをご理解・ご了承いただけると幸いです。

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

処理中です...