鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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 しばし、吐息すらしない沈黙が流れた。
 走馬灯のように藍之介とのエピソードが脳内を駆け巡る。

「……ない」

 重い空気を破ったのは私自身の声だった。
 思いが込み上げるとともに、力んだ拳がカタカタ震えた。

「藍之介はそんなこと、絶対しないっ……!」

 なにが嘘でどれが誠なのか、判別がつかない不安は拭えない。 
 それでも藍之介に対する信頼の方が勝っていた。
 私の今のこの気持ちまで作られたものとは思えない。
 藍之介が人間に無体を働くなんて想像もつかなかった。
 閻火は変わらず私に厳しい表情をむけていた。

「そいつはお前を無理やり自分のものにしようとしたのだぞ。人間になりたいと言いながらいざとなれば鬼の力を利用する、卑怯な奴だ。なのになぜ信じられる?」
「それは……なんとなく、勘で!!」

 途端、ネジが外れたように閻火の顔から緊張が抜ける。
 藍之介も同じように、目をまん丸にして私を見たまま固まっていた。
 難しいことはわからない。
 理屈っぽいのも苦手だ。

「うまく言えないけど……すごい藍之介を信じたいって思ってる、から、この気持ちを信じる」

 少し間を置いて、小さく吹き出す音が聞こえた。
 藍之介が口元に手を当て、笑っていた。
 私がよく知っている、藍之介の笑顔だった。
 いや、今までで一番だったかもしれない。

「バカだよ君は、初めて会った時もそうだった。角の生えた青い狼を連れ帰って、砂糖たっぷりのホットミルクをあげるなんて」

 藍之介はどこか吹っ切れたような面持ちで再び私に手を伸ばす。

「記憶を返すよ……ごめんね、今まで騙していて」

 人差し指の尖った爪が、私の前髪越しに額の中央を押すように触れた。
 真っ白な空間、ぱらぱらとノートのページがめくれる。
 不鮮明だった部分がクレヨンで書き足されるように、蘇る、完全になる。
 どうして忘れていられたのかと思うほど、自然に溶け込み、一体化する。
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