鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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「具合悪いならおばあちゃんとこおいで」
「一緒に行こ、あったかいミルク入れたげる」

 その文字の羅列を音として受け取った時、私の記憶の扉が開いた。
 垣間見えた横顔。彼女は、私だ。
 幼い頃、おばあちゃんの店に自転車で通っていた私。
 そうだ、私はある日、見たこともない綺麗な獣に出会って、それから、それから――。 
 もう少しですべてを思い出せそうだ。
 そう感じた時、画面にいる過去の私が狼の頭を抱き上げた。
 するとその耳の前には、銀色の角が二本、内向きに曲がり横並びに生えていた。
 愕然とし、瞳の奥を震わせる。
 この記憶の再現を振る舞ってみせた人物、その名前が浮かぶが早いか、刹那にして目の前の光景は消失した。
 同時に背中に感じる、強烈な気配。
 勢いよく振り返った先に、彼はいた。
 
「あいのす……」

 幼なじみの顔に安堵を覚え、咄嗟に名前を呼ぼうとした。
 けれどそれ以上発することができなかった。
 私の口を封じたのは、藍之介の刺すような視線だった。
 本棚が作る道で立ち往生したまま、向かい合った藍之介から目が離せなかった。

「あーあ、いい子の優等生を演じるのもバカらしくなってきたよ」

 藍之介は心底あきれ果てた様子でため息混じりに言ってみせる。
 そして狡猾な笑みを作ると、戸惑いを隠せない私に一歩、また一歩と迫り始めた。

「ど、したの、藍之介」
「どうもこうも、これが本当の僕だよ、藍之介なんて名前でもない」
「なに、言って」
「萌香が元々親しかった藍之介を騙っていただけだよ」

 気持ちがバラバラになって収集がつかなくなる。
 背中に当たる硬い壁の感覚が、後退りする余地がないことを知らせる。
 じりじりと距離を詰める藍之介。
 私に近づく度、普段とは違う容貌へとみるみるうちに変化を遂げる。
 生き物のように増殖する髪、頭上の左右に生まれる尖りと口の端からはみ出す牙、鋭利な爪、早変わりする着物。 
 銀色の角と白い肌以外は、あの狼と同じ宝石のごとく深い青だった。
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