鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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 あれから帰宅してすぐにパーカーのポケットが振動した。
 見計らうようなタイミングでの連絡は、藍之介からだった。
 そこには一言「明日本を返しにうちに来て」と書かれている。
 絵文字も顔文字もない至ってシンプルな藍之介らしいメッセージ。その上に記載されている文は「今から迎えに行くね」なのに、あいだが抜けてしまったような唐突な追記だ。
 脳裏をよぎる閻火の言葉を払うように頭を振る。
 違和感が思考に変わる前に、藍之介に了承の返事を送った。

 翌日、いつもの業務用の衣類に袖を通すと、私の部屋と玄関に大量の桃を並べて店を出た。
 牧場に転移させられた件を考えると無意味な気がするけれど、反抗の主張も込めた足止め行為だ。
 時刻は朝の五時過ぎ。
 アルバイトがある日は三時間ほどしか横になれないので少しだるい。
 重い瞼を手指の背でこじあけながら、夜に等しい薄墨の道を行く。
 真夏ならそろそろ明るくなる頃なのに、日の短かさに季節の移ろいを感じる。
 がらんとした道路を越えた先に見える本屋に、あっという間に到着した。

 日曜は朝から夜中まで忙しい。
 私のスケジュールを把握している藍之介は、もちろんそれを知っている。
 その上であえて本を持ってこいだなんて、他に貸したい人でもいるのだろうか。
 よほど急いでいると思い早朝なら行けると答えた私に、店舗の鍵を開けておくと藍之介は返した。
 その約束通り、本屋の鍵はかかっていなかった。
 弓形になった銀色の取っ手を握り、腹部に引き寄せる。
 年季を感じさせる細かな傷がついたガラスの扉が音もなく開く。
 つるりとした質感の床に足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。
 うちの喫茶店と同じくらいの規模の室内。
 天井付近まで伸びた本棚の側面がずらりと並び、その中には隙間なく書籍が詰まっている。
 明かりが点いていないので、正面にある小さなレジに誰もいないのを確認するのがやっとだった。
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