鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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 あらゆる場所から空気に乗って私の耳に届く声。 
 女性特有の高いそれはみんな閻火を讃えるものだった。
 「カッコイイ」とか「オーラがすごい」とか。噂話程度に抑えているつもりでも興奮してつい音量が上がってしまうのだろう。こちらとしては聞き逃す方が難しいくらいだった。
 当の閻火は喜びも嫌がりもせず、いつもの調子を守っている。
 自覚はあるものの、意識はしていないようだ。
 「なにをしに来たんですか?」なんて野暮なことは聞かない。ここは居酒屋なのだから、席に着いたからには飲食してもらおうではないか。

 両手に掴んだ鍋をスープがこぼれそうな勢いでテーブルに置く。
 食欲をそそる辛味と旨味満点の香りが漂う。
 一品目は地獄のキムチ鍋。
 調理担当が気を利かせたのではと疑うほど閻火にぴったりのメニューだ。
 十人前の黒い土鍋で真っ赤に染まった具材たち。ぐつぐつと音を立て爆ぜ続ける泡の熱気はまるで釜茹で地獄だ。

「ほう、こんなところに故郷が」

 どうやら実際そうらしい。
 閻火は離れている地獄が懐かしいのか、温度や見た目に親近感を覚えたのか、しばらく機嫌よさそうにキムチ鍋を眺めていた。

「言っときますけど私十二時まで帰れないので、家で大人しく待っててください」

 青い顔をして身体を跳ねさせる閻火。
 悲しいくらい素直なショックの受け方だ。

「大事な夫を深夜まで一人にさせるとは……この働き者のいい女め、愛しているぞ!」
「思ったこと全部口に出すのやめましょうか」

 閻火の発言に居酒屋全土がどよめく。
 夫の前にできればカッコをつけて仮、もしくは後ろに特別契約期間中と説明をつけてほしいものだ。あと人間界の戸籍に影響はありませんとも。
 そして叶うなら私に関することはなるべく胸の内にしまっておいてほしい。
 この一件でこれから私は既婚者という扱いを受けそうだ。
 とはいえ強行突破して家を出た手前、こうなることは多少予測していた。
 あの閻火が黙って自宅待機しているはずがない。
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