鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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「あ、藍之介……!?」
「お疲れさま萌香、今夜も精が出るね」

 並んだ客席の手前で突っ立ったまま声を上げる。今私は相当間抜けな顔をしているに違いない。
 信じられない気持ちで瞬きを重ね、見慣れたはずの藍之介の顔を確かめるように見つめた。

「僕の顔になにかついている?」
「いやっ、ごめん、そうじゃないけど」

 戸惑うほどにいつも通りだ。
 うっすら青みがかった澄んだ瞳も、上品な目鼻立ちも、抜けるように白い肌も、ふわりと癖のついた髪も、以前会った藍之介のままだった。
 
「最近急に来なくなったから、どうしたのかなってちょっと気になってて……」
「そっか、気にしてくれたんだね、それはよかった」

 藍之介は目が瞼で隠れるほどにこりと微笑んだ。
 「それはよかった」とはどういう意味だろう?
 昔から藍之介には謎めいた部分があったけれど、たぶん今回が一番わからない。
 それでもまた藍之介と話せたことが嬉しくて、細かいことは聞き流せばいいと思った。

「今日はどうしたの? 藍之介が居酒屋に来るなんて珍しいよね? まだ未成年だからお酒を飲まないってことなら入店はできるけど」
「萌香に会いに来ただけだよ、一緒に帰ろうと思って」

 藍之介にはもちろん私がここで働いていることを伝えてある。曜日と、それから、勤務時間もだ。頭のいい藍之介がそれを忘れるはずないのに。

「ええっと、私」
「十二時までだよね、その頃になったら迎えに来るから」

 やっぱり覚えていた。
 深夜十二時にわざわざここに来る理由って?

「かなり遅いくなるし悪いよ、なにか用があるなら今まで通り藍之介が都合のいい時に店に来てくれたら」
「店にはあいつがいるだろ」

 低い音が駆け足で消えていく。
 藍之介が独りごちた言葉は、私が拾う余地もなかった。
 微かな鋭い表情は瞬く間に優しい笑顔に戻る。
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