鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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 同日の夜七時半、私は非常に困っていた。
 店を閉め、晩御飯も済ませ、外出して恥ずかしくない程度の私服に着替えて玄関に向かった。
 喫茶店の正面ではなく、裏側にある小さな出入り口だ。そこを開けば子供の姿をした閻火を見つけた場所に出る。
 けれど今は正真正銘、大人の鬼百パーセントの姿の閻火に行く手を阻まれていた。

「ふざけるな萌香、これ以上進むことは許さん」
「閻火……お願いだからそこをどいて、私にはどうしても行かなきゃいけない場所があるんです」

 狭い空間で角の生えた男と静かに対峙する。
 閻火の目はいつになく真剣で、私はたすきがけにしたショルダーバッグの紐を左手で強く握りしめた。

「なぜ俺を置いていくのだ」
「もう時間がないんです」
「この暗闇の中、なにがあってもおかしくないのだぞ!?」
「アルバイト始まっちゃうじゃないですか!」

 そう。なにも私は今から魔界に行くわけではない。
 お金がないなら稼ぐ必要がある。そのためには労働しなくてはならない。というわけで、私は土日の夜、店が終わったあとに居酒屋でアルバイトをしているのだ。
 なぜ土日かというと、その方が時給が高いからに決まっている。 
 それなのにこの鬼の大袈裟ぶりときたらまるで今生の別れシーンだ。
 何度言って聞かせて見ても「行くな行くな」の繰り返し。

「自ら鬼畜の餌食になりに行く妻を見過ごせるはずがないだろう!」
「一体なにを想像してるんですか?」
「夜の仕事は脱いでなんぼだと地獄で借りた本に書いてあった!」
「その偏見の塊今すぐ持ってこいや」

 いつの時代に出版された書物なのか。
 人間と同じ図書館があるなら個性を尊重し多様なものを揃えてほしいものだ。
 そもそも今はまだ夜遊びと呼ぶにも早いような七時台……と腕時計を確認すると、驚くほど針が進んでいた。
 七時四十五分。これはもはや八時前だ。
 このままでは埒が開かないと見限った私は、右手に隠し持っていた黄桃を閻火の角に刺してやった。
 奇声を発する鬼を尻目に、ようやく裏口を抜け出す。
 緊急事態に備えていた桃が早速役に立った。
 遠い親戚のおじさん、ありがとう。
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