鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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挑戦と距離

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「あれ、閻火? 閻火ー?」

 室内をぐるりと見回して呼んでも返事はない。どうせまた透明人間ごっこでもしているのだろう。
 
「……私の愛しの旦那さまぁ」

 自分でも鳥肌が立つほどの猫なで声で誘ってみると、ひょいっとキッチンから赤い頭が飛び出した。

「な、なんだ、マイハニー……」

 言っていることはいつも通りなのに、声に張りがない。
 カウンターを盾にするようにしゃがんだ閻火は、私と目が合っても動く様子がなかった。
 意味不明の行動を不審に思いながらも、まあいいか、とあまり深く考えず放っておく。
 ダンボールに所狭しと並ぶ、ピンクと黄色のお尻にも似た球体を手に取る。
 
「うーん、すでにいい匂い、これはもう食べ頃かも? 桃ケーキとか作っちゃおうかな。桃ゼリーに桃プリン、桃シャーベットなんかもいいかも」

 あ、でも閻火に食べさせるなら冷たいものはダメだからあたたかい料理がいいか。
 桃を使った熱い食べ物……桃グラタン、桃ハンバーグ、桃ピザ、桃パイ……お、少しいい案が。パイならあたたかいしアップルパイと同じ要領でおいしくできるかも。

「ねえ閻火、今度ピーチパイを作ろうかと」
「やっ、やめろ!!」

 せっかくの思案結果を言い終える前に大きな声がかぶさった。
 明らかに様子がおかしな閻火に、箱の前から離れて近づく。
 
「そ、それを持ってくるな!」

 閻火がカウンター越しに指差しているのは私が両手に持った果物だ。
 左右に掴んだ丸みに視線を落としたあと、改めて前方の閻火を見る。

「……なに? もしかして、桃が嫌なんですか?」

 問いかけながらにじり寄ると、閻火は天敵を前にした猫のようにボッと毛が逆立った。ように見えるくらい警戒している。
 
「そ、そうだ、嫌いなのだ、嫌な奴を思い出すからな!」

 嘘をつけない鬼の悲しいさだめだ。
 強がることもできないのだから。
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