鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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挑戦と距離

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「ごちそうさまでしたぁ、お腹いっぱーい」
「もう? 葉月ちゃんは?」
「あたしも十分です」
「ええ、もっと他のも味見してほしかったのに」

 次を勧めようとする私に、風子は顰めっ面をして葉月ちゃんは苦笑いを浮かべた。
 二人とも一品ずつ頼んだオムライスだけでもようやく食べきれた様子だった。

「……もしかして量多い?」

 そう聞くと二人はほぼ同時に遠慮がちにも頷いた。
 私自身がよく食べるので多い方がいいと思い込んでいたけれど、少食の人にとってはしんどかったりするのだろうか。
 考えてみれば、ご飯ものが残されていることはしばしばあった。その度もったいないなと注文した人を責めてしまう自分がいた。けれど全部食べてもらえるように工夫するのも店側の技量かもしれない。
 
「量が選べるといいんだけどなぁ、そしたら太るのも気にしなくていいし」
「ソースの種類なんかも選べたら、すごくありがたいんですけどね」

 何気ない会話に紛れる貴重な意見。
 忘れてしまわないように書き留めておこうと焦るのに、こんな時に限ってエプロンに入れていたはずのメモ帳がない。
 ボールペンだけ握りしめ辺りをきょろきょろすると、カウンターに目当てのものを見つけ動きを止めた。
 こぶしサイズの四角い用紙の束。 
 それに手を伸ばすと同時にあるものが目に入った。
 カウンター越しに見えるキッチンの内側、誰もいないはずの空間に浮遊するコーヒー器具。
 銀色のケトルが傾き、その下のドリッパーにお湯が注がれていく。
 まるで人がコーヒーを淹れている仕草そのものだ。
 背景の姿は見えない。こんなポルターガイストのような技が成せるのは一人しかいない。

「ねえお姉ちゃん聞いてる?」
「ぎゃっ、ご、ごめん聞いてなかった!」

 慌てて身体でキッチン内を隠す。
 勝手に冷蔵庫が開閉されたりレンジが動き出すのも怖いので、来客中はとにかく大人しくするように頼んだのに。このパターンは予想外だった。
 ペットボトルの水やジュースでも渡せたら楽なのに、冷たいものが苦手というのは喉が渇いた時案外面倒だ。
 私が焦らなくてはならないことに不条理を感じずにはいられない。

「もーう、だからぁ、そんなに人の意見が聞いてみたいなら試食会とかしてみたら? って」

 風子は唇を尖らせて言うと、グラスに入ったメロンソーダのアイスを細長いスプーンですくって食べる。甘いものは別腹だ。
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