64 / 158
挑戦と距離
5
しおりを挟む
「ごちそうさまでしたぁ、お腹いっぱーい」
「もう? 葉月ちゃんは?」
「あたしも十分です」
「ええ、もっと他のも味見してほしかったのに」
次を勧めようとする私に、風子は顰めっ面をして葉月ちゃんは苦笑いを浮かべた。
二人とも一品ずつ頼んだオムライスだけでもようやく食べきれた様子だった。
「……もしかして量多い?」
そう聞くと二人はほぼ同時に遠慮がちにも頷いた。
私自身がよく食べるので多い方がいいと思い込んでいたけれど、少食の人にとってはしんどかったりするのだろうか。
考えてみれば、ご飯ものが残されていることはしばしばあった。その度もったいないなと注文した人を責めてしまう自分がいた。けれど全部食べてもらえるように工夫するのも店側の技量かもしれない。
「量が選べるといいんだけどなぁ、そしたら太るのも気にしなくていいし」
「ソースの種類なんかも選べたら、すごくありがたいんですけどね」
何気ない会話に紛れる貴重な意見。
忘れてしまわないように書き留めておこうと焦るのに、こんな時に限ってエプロンに入れていたはずのメモ帳がない。
ボールペンだけ握りしめ辺りをきょろきょろすると、カウンターに目当てのものを見つけ動きを止めた。
拳サイズの四角い用紙の束。
それに手を伸ばすと同時にあるものが目に入った。
カウンター越しに見えるキッチンの内側、誰もいないはずの空間に浮遊するコーヒー器具。
銀色のケトルが傾き、その下のドリッパーにお湯が注がれていく。
まるで人がコーヒーを淹れている仕草そのものだ。
背景の姿は見えない。こんなポルターガイストのような技が成せるのは一人しかいない。
「ねえお姉ちゃん聞いてる?」
「ぎゃっ、ご、ごめん聞いてなかった!」
慌てて身体でキッチン内を隠す。
勝手に冷蔵庫が開閉されたりレンジが動き出すのも怖いので、来客中はとにかく大人しくするように頼んだのに。このパターンは予想外だった。
ペットボトルの水やジュースでも渡せたら楽なのに、冷たいものが苦手というのは喉が渇いた時案外面倒だ。
私が焦らなくてはならないことに不条理を感じずにはいられない。
「もーう、だからぁ、そんなに人の意見が聞いてみたいなら試食会とかしてみたら? って」
風子は唇を尖らせて言うと、グラスに入ったメロンソーダのアイスを細長いスプーンですくって食べる。甘いものは別腹だ。
「もう? 葉月ちゃんは?」
「あたしも十分です」
「ええ、もっと他のも味見してほしかったのに」
次を勧めようとする私に、風子は顰めっ面をして葉月ちゃんは苦笑いを浮かべた。
二人とも一品ずつ頼んだオムライスだけでもようやく食べきれた様子だった。
「……もしかして量多い?」
そう聞くと二人はほぼ同時に遠慮がちにも頷いた。
私自身がよく食べるので多い方がいいと思い込んでいたけれど、少食の人にとってはしんどかったりするのだろうか。
考えてみれば、ご飯ものが残されていることはしばしばあった。その度もったいないなと注文した人を責めてしまう自分がいた。けれど全部食べてもらえるように工夫するのも店側の技量かもしれない。
「量が選べるといいんだけどなぁ、そしたら太るのも気にしなくていいし」
「ソースの種類なんかも選べたら、すごくありがたいんですけどね」
何気ない会話に紛れる貴重な意見。
忘れてしまわないように書き留めておこうと焦るのに、こんな時に限ってエプロンに入れていたはずのメモ帳がない。
ボールペンだけ握りしめ辺りをきょろきょろすると、カウンターに目当てのものを見つけ動きを止めた。
拳サイズの四角い用紙の束。
それに手を伸ばすと同時にあるものが目に入った。
カウンター越しに見えるキッチンの内側、誰もいないはずの空間に浮遊するコーヒー器具。
銀色のケトルが傾き、その下のドリッパーにお湯が注がれていく。
まるで人がコーヒーを淹れている仕草そのものだ。
背景の姿は見えない。こんなポルターガイストのような技が成せるのは一人しかいない。
「ねえお姉ちゃん聞いてる?」
「ぎゃっ、ご、ごめん聞いてなかった!」
慌てて身体でキッチン内を隠す。
勝手に冷蔵庫が開閉されたりレンジが動き出すのも怖いので、来客中はとにかく大人しくするように頼んだのに。このパターンは予想外だった。
ペットボトルの水やジュースでも渡せたら楽なのに、冷たいものが苦手というのは喉が渇いた時案外面倒だ。
私が焦らなくてはならないことに不条理を感じずにはいられない。
「もーう、だからぁ、そんなに人の意見が聞いてみたいなら試食会とかしてみたら? って」
風子は唇を尖らせて言うと、グラスに入ったメロンソーダのアイスを細長いスプーンですくって食べる。甘いものは別腹だ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
熊野古道 神様の幻茶屋~伏拝王子が贈る寄辺桜茶~
ミラ
キャラ文芸
社会人二年目の由真はクレーマーに耐え切れず会社を逃げ出した。
「困った時は熊野へ行け」という姉の導きの元、熊野古道を歩く由真は知らぬ間に「神様茶屋」に招かれていた。
茶屋の主人、伏拝王子は寄る辺ない人間や八百万の神を涙させる特別な茶を淹れるという。
彼が茶を振舞うと、由真に異変が──
優しい神様が集う聖地、熊野の茶物語。
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
紫音
キャラ文芸
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
*あらすじ*
人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。
「“ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」
どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、“猫神様”の居場所はわからない。
迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。
そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。
彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。
妹しか見ない家族と全てを諦めた私 ~全てを捨てようとした私が神族の半身だった~
夜野ヒカリ
恋愛
高校2年生と1年生の姉妹、姫野咲空と姫野美緒の相貌や雰囲気は姉妹とは思えない程にかけ離れている。
その原因は姉の咲空の顔にある大きな火傷の痕と、それを隠すために垂らした長い前髪。そして、咲空が常に表情なく重い空気を纏っていることであろう。
妹の美緒は白百合のように美しい少女であるのに……。
咲空の顔の火傷は美緒の“半身”たる神族、神狐族の朋夜が付けたものである。
しかし、それを咎める者はいない。朋夜が神族で、美緒がその半身だから。
神族──それは、伊邪那岐命と伊邪那美命が日本列島を去る際に、島々の守護を任された一族で神術という不思議な術を有する。
咲空はその炎に焼かれたのだ。
常に妹を優先しなければならない生活、、そんな生活に疲れきり、唯一の宝物である祖母の遺品を壊されたことで希望を失った咲空は、全てを捨てようと凍てつく河へと身を投げた。
そんな咲空を救ったのは、咲空のことを自らの半身であるという、最高位の神族。
咲空はその神族の元で幸せを手にすることができるのか?
そして、家族が咲空を冷遇していた裏に隠された悲しい真実とは──?
小説家になろう様でも投稿しております。
3/20 : Hotランキング4位
3/21 : Hotランキング1位
たくさんの応援をありがとうございます(*^^*)
【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚
乙原ゆん
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。
二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。
しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。
生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。
それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。
これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。
神様の住まう街
あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。
彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。
真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ……
葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い――
※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる