鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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原点回帰

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 ここを出る前おばさんに「駅はどこですか?」と聞いてみた。とりあえず帰る方角を知りたかったからだ。
 当然きょとんと驚かれ「どうやってここに来たんだべ?」と聞かれたので、最近物忘れがひどいのだと答えた。
 かなり苦しい言い訳ではあったけれど、おばさんは「そら仕方ないべなぁ」と納得して話を合わせてくれた。細かいことを気にしない性質はこの広大な土地で育まれているのだろうか。
 いずれにしろ見習わなければいけない部分がたくさんあると感じた。
 おばさんいわく、この牧場の山をずーっと下りて行けばバス停があるらしい。 
 そのずーっとは、私が想像していたより遥かにずーっとだった。
 十分ほど歩いてみたものの、バス停や駅どころか歩道さえ見えない。
 見渡す限りののどかな光景に、再び焦り始めた。
 さすがに「ここはどこですか?」とまでは聞けなかったけれど、気候と方言から北の大地の可能性が濃厚になってきた。
 だとしたらとてもすぐには帰れない。
 しかも時間の問題よりも深刻だったのは財布やスマートフォンがないことだ。
 店に置いてきてしまったため無一文で、バス停に着いたところで乗車できない。

「ああっ、もう、どこ行っちゃったのよ閻火! 勝手に人を見知らぬ土地に飛ばしておいて!」
「ここにいるぞ」
「ぎゃあっ!?」

 空に愚痴を投げかけていると間近で声がして思わず叫んだ。身体を弾ませた拍子に紙袋から乳製品が落ちそうになるのをなんとか防ぐ。
 閻火は私のすぐ真横に立っていた。
 咄嗟に辺りを確認するけれど、牛の他には誰もいなかった。

「なにやってたんですか、人をほったらかしにして」
「ずっとお前のそばにいたぞ。姿を見えないようにしていただけで傍らに寄り添っていた」
「はあ……?」

 まさかの言葉にあきれた声が漏れる。
 つまり透明人間のような便利機能を発動させていただけで、ずっと行動をともにしていたのだ。喫茶店で消えたと思った時も同じ要領で、私の様子を観察していたのだろう。
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