鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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原点回帰

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「さ、どうぞやってけろ」
「え!? あ、は、はいっ」

 おばさんはドンッと豪快に水色のバケツを置くと、さあさと手で促した。
 小さな子供ではないので丁寧に教える必要もないと思われたのだろうか。それとも私が牛の扱いに慣れているように見えたのだろうか。
 理由はわからないけれど、とりあえずやってみるしかなさそうだ。
 と、その前に、目が合った牛にぺこりと頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします」
「なんだあんた、牛に挨拶してるべか」

 その様子を見たおばさんが微笑ましそうにからから笑った。
 私と目線が同じくらいの、立派な牛だ。
 後方の側面に回ると柔らかな芝生に片膝をつき、大きく膨らんだ乳房の先を優しく掴んだ。
 もう十年以上経つだろうか。
 おばあちゃんと一緒に牧場に行って乳搾りしたことを思い出す。
 あたたかくて柔らかくて、少しずつ垂れ始めたミルクが徐々に勢いを増す。
 バケツに受け止められたそれを見ると小さな達成感に嬉しくなり、子供の頃に戻ったような不思議な気持ちになった。
 「わあっ、すごい、出ましたよ!」と興奮気味に伝える私を、おばさんはうんうんと頷きながら見守っていた。

「最後があんたみたいな優しい人でよかったべ」

 すっかり夢中になっていた私は、おばさんのその言葉で動きを止めた。
 それが意味することを、理解できてしまったからだ。

「よくがんばってくれたべよ」

 まったく暴れず大人しくしているのは、それだけ慣れていたからだろう。
 ミルクも何度か出たものの、量はずいぶん少なかった。
 乳牛の役割を終えるということは、命を終えるということだ。
 たくさん子供を産んで、母乳を出して、十歳に満たないうちに解体業者へと出荷される。
 そしてスーパーの精肉売り場に並ぶのだ。
 私がそれを知ったのは、そうだ、おばあちゃんに教えられたんだ。
 
『動物はみぃんな、人間のために殺されてくれているんだよ』

 そんな残酷なことを子供に教えるなと言う人もいた。
 私もその時はショックで悲しくて、知りたくなかったとも思った。
 けれどのちに感謝した。
 だって知らなくても、事実は変わらないのだから。
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