鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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原点回帰

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 想像していた人物ではなかったことを知り、慌てて両手を顔の前でばたつかせる。
 
「す、すみません! 人違いしちゃったみたいで!」

 寒さも忘れるほど顔を火照らせながら謝罪すると、年配女性はにこりと微笑んで手にした上着を差し出した。

「そんな格好じゃひゃっこいさね、これ着たらいいべよ」

 あ、やっぱりここ、千葉じゃない。
 彼女の方言を聞いてすぐ、ぼんやり浮かんでいた予測が確信に変わった。
 千葉どころか、関東ですらないことも。
 脳内でぐるぐる回る思考に傾きつつも、女性に差し出された上着をありがたく受け取る。
 「ありがとうございます」とお礼を伝えると、女性はまた穏やかに笑った。
 優しそうな人だ。年齢は五十歳くらいだろうか。私のお父さんと同年代かもしれない。
 訛りはあるけれどそれほど強くはないので、なんとなく意味は伝わってきた。
 遠くから見えた私がずいぶん寒そうな服装をしていたので、家から上着を持ってきてくれたらしい。
 おばさんがそっと肩にかけてくれたウインドブレーカーは決して綺麗ではなかったけれど、冷えた身体だけではなく心もあたためてくれるようだった。
 おばさんも似たような上着を羽織り、その下には作業着と、白いビニール製の長靴を履いている。
 その身なりと独特の匂いから、この牧場を営んでいる人なのだろうと気づいた。

「あんた、乳搾り体験の人だっぺ?」
「え!? い、いや、私はその」
「秋の遠足の無料体験は終わっちゃったけど、せっかく来てくれたんだ、やってきな」

 おばさんは後ろを振り返ると「お父さーん!」と遠方に見える男性に声をかけながら近づいた。
 呼び方は「お父さん」だけれど同い年くらいに見えることから、旦那さんかと思われた。
 なにやらうんうんと話し合っているふうの二人を、少し離れた場所から眺めるしかない。
 どうやら牛の乳搾り体験の希望者と間違えられているようだ。
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