鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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原点回帰

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「萌香の祖母の名は……」

 閻火はこちらを見ると、ああ、と納得したふうに黙り今朝やってみせたように右手を軽く上げた。
 私のエプロンにプリントされている〝喫茶、柚子香〟の文字を見て、おばあちゃんの名前に気づいたらしい。
 閻火の広げた手のひら上の空間にパッと現れる例のファイル。たちまち重力を失くし大きな手に収まったそれを、長い指が流れるように開いた。
 私の情報が書き記されていた真っ黒なファイルと同じだ。違うのはその表紙の赤い文字はおばあちゃんの名前だということ。
 料理を中断して、真剣な面持ちで閻火を見つめた。

「この俺が太鼓判を押して天国行きになっている。なかなかの善人だったようだな」

 それを聞いた瞬間、肩の力が抜けるような気がした。
 何度も閻火の言葉を再生し、間違いないことを噛みしめると「そっか」と小さく声を漏らした。
 絶対そのはずだと願っていたことが確信に変わり、胸を撫で下ろした。
 さすがは柚子香おばあちゃんだと誇らしくなると同時に、正しい判断を下してくれた閻火にも感謝の念が湧く。パンツを覗いたのは許してあげよう。
 そんなことを考えていると、いつの間にかファイルを消した閻火が、にやにやとからかうような笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「お前は本当に祖母が好きなようだな」
「な、なによ、悪いんですか」
「いいや? 情が深くて愛しい奴だなと思っただけだ」

 突然背後から抱きしめられ、フリーズする。
 しばし時を刻んだあと、ジタバタと暴れるけれどびくともしない。
 三十キロのお米も片手で軽々と担げるのに、これが鬼の力なのか、単に閻火が特別なのか。
 ちょっと和んでしまった私がバカだった。
 人の生活に土足で上がり込み、いきなり求婚してくるナルシストだということを忘れてはならない。

「離してください変態、警察呼びますよ」
「警察だろうが殺し屋だろうが、この閻火様に勝てるはずがないだろう」

 完全に悪人の台詞だ。
 人間界の平穏のためにも、早く「おいしい」と言わせて速やかに帰路についていただかねば。
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