鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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プライスレス

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 ぼそりと独り言のようにこぼれた文字は、あまりに小さく拾いそびれてしまう。

「え? 藍之介、今なにか言った?」
「……いや、別に。僕そろそろ行くね」

 そう言って藍之介は口につけたカップをテーブルに戻した。
 波打っていたダークブラウンの液体は、やはり一滴も残らず綺麗になくなっている。
 そういえば藍之介も熱い飲み物を平気で喉に流し込む。熱に強いところだけ閻火に似ているかもしれないな、と感じた。
 藍之介は席を立つと、カジュアルなリュックを肩にかけ会計を済ませる。
 そして片手に持っていた文庫本を、軽く押しつけるように私に渡した。
 新しい小説だ、と喜んでいると、藍之介は「ああ、そうだ」となにか思いついたふうに言った。

「桃を置いておくといいよ、黄桃だったらなおよしだ……じゃあ、またね」

 藍之介は自由になった手をひらひらと振ると、扉を開け出ていった。

「桃……黄桃? もう桃は終わりの時期なのに、なに言ってるんだろ?」

 藍之介が残した謎のメッセージに首を傾げるものの、手にした本に視線を落とすとそんなことはすっかり吹き飛んでしまった。
 カバーを外すと、そこにはライト文芸らしいパステルカラーの素敵な表紙。くるりと裏側を向け、どれどれとあらすじを確認してみる。
 どうやら今回も鬼が登場する話らしい。
 しかも二人の鬼に一人の姫が取り合いをされるとか。

「へえ、今回も面白そ――ぎゃっ!?」

 背表紙を見ていた私が悲鳴を上げたのは、真横に閻火の顔が来たからだ。
 それも正しい姿勢だったならここまで驚かないだろう。
 間近で合った目が逆を向いている。
 鼻も口も……つまり顔も身体も重力を無視し逆さまの状態になっている。唯一それに従う長髪だけは、床につきそうなほど垂れ下がっていた。
 天井にあぐらをかき、吊るされたような形になった閻火は、腕を組みながら鋭い目つきで扉を見ている。
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