鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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プライスレス

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 藍之介は冷たいものを好まないので、いつもいきなり商品を出す流れだ。
 そもそも店で無料の水が提供されるなんて日本だけらしい。だからきっと海外では藍之介の姿勢が当たり前なのだろう。

 私は心を落ち着かせ、コーヒーを淹れる。
 藍之介に出すのとは別のコーヒーカップに少しだけ入れ、ちらっと味見をしてみる。
 お湯の温度が低かったかな?
 渋くなるのを怖がったら、今度はやけに軽い味になってしまったような。
 ううん、と納得いかない気持ちで藍之介のカップにガラスジャグの中身を注いだ。
 青い花柄が模されたカップをカウンター越しのテーブルに置くと、藍之介はカバーをかけた文庫サイズの本を読んでいた。
 美形が読書をしているさまの、なんと絵になることか。
 これで背景がおしゃれなカフェだったり、ロンドンの街角だったりしたら、午前のコーヒーなどという見出しで雑誌の表紙を飾れそうだ。
 実際はあまり綺麗とは言えない喫茶店だけれど。

 私が「どうぞ」と一言添えると、藍之介は「ありがとう」と告げ本を持っていない方の手をカップに伸ばした。
 当然のようにコーヒーを口に運び「今日もおいしいよ」と感想を言う。
 こんなにも数えきれないほど、優しい嘘をつかせてしまったんだな。

「藍之介、もう気を使わなくていいからね」

 今までの感謝を込めながら言うと、藍之介は丸い目をさらに大きくし、私を見上げた。

「味見もしてて、きっとおいしくなんかないって自分が一番わかってたはずなのに、みんなの……藍之介の気遣いに甘えてた。これからは遠慮なくまずいって言っていいんだからね」

 空気が重くならないように冗談めかすと、藍之介は少し神妙な面持ちになった。

「……なにか、心境の変化があったみたいだね」
「あ、う、うん、ちょっとね?」

 さすが藍之介、なんだか鋭い。
 とはいえ説明のしようがないので、ごまかすように笑うしかなかった。
 藍之介はそんな私をじっと見つめたあと、ふと瞼を伏せ、つぶやいた。

「……だから情をかけるなって言ったのに」
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