鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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 そんなやり取りを続けているうちに、かけ時計から八時の鐘が聞こえた。
 まずい、と思い閻火にプライベート空間の二階に上がるよう指示する。
 なぜならこの時間に、必ずやって来るお客様を知っているからだ。

「早く上に行ってください、他の人に見られたら騒ぎになりますから」
「なにをそう焦っている、早速浮気か?」

 正式に婚姻……どころかお付き合いもしていないのに、浮気もなにもないだろう。
 無益な押し問答を繰り返していると、来客を知らせる鈴の音が訪れる。
 ちりりん、と小気味いい音と穏やかな秋風を連れて来たのは、想像した通りの人物だった。

「おはよう、萌香」
「お、おは、ひょう、あひのしけ」

 焦りのあまりどもってしまう。
 藍之介は挙動不審の私にも優しく微笑みかけ、カウンター席に進む。
 肩にかけた紺色のリュックを下ろし椅子の背に引っかけると、そこに腰を据えた。
 ――あれ?
 予想外の反応に、きょとんとしてしまう。
 もしかして、と振り返ってみると、私の背後に立っているはずの閻火の姿がなかった。
 急いで二階に上がったのか、鬼の力で見えないようにしているのかはわからないけれど、とりあえずは一安心した。
 私と違って肝の座った藍之介だ。
 閻火に会ったからといってひどく取り乱すところは想像できなかった。
 人外の小説を愛読しているくらいだ、むしろファンタジックな展開に喜んだりするのだろうか。なんて考えがよぎるものの、それこそ想像もつかない。
 本音を言えば藍之介に全部打ち明けてしまいたいけれど、彼に甘えすぎている自覚があるため今回ばかりは胸の内にしまっておくことにした。
 さんざん私の人生に巻き込んでいるのだ。
 これ以上迷惑をかけないようにしなければ、大事な親友を失いかねない。

「藍之介、今日もコーヒーでいい?」
「うん、いつもので」

 私たちのこんな会話は、まさに日常だ。
 藍之介は大学に行く前、毎朝店に顔を出してくれる。
 そしておいしいとは言い難いコーヒーを一滴残さず飲んでくれるのだ。
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