鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
31 / 158
プライスレス

1

しおりを挟む
 そんなやり取りを続けているうちに、かけ時計から八時の鐘が聞こえた。
 まずい、と思い閻火にプライベート空間の二階に上がるよう指示する。
 なぜならこの時間に、必ずやって来るお客様を知っているからだ。

「早く上に行ってください、他の人に見られたら騒ぎになりますから」
「なにをそう焦っている、早速浮気か?」

 正式に婚姻……どころかお付き合いもしていないのに、浮気もなにもないだろう。
 無益な押し問答を繰り返していると、来客を知らせる鈴の音が訪れる。
 ちりりん、と小気味いい音と穏やかな秋風を連れて来たのは、想像した通りの人物だった。

「おはよう、萌香」
「お、おは、ひょう、あひのしけ」

 焦りのあまりどもってしまう。
 藍之介は挙動不審の私にも優しく微笑みかけ、カウンター席に進む。
 肩にかけた紺色のリュックを下ろし椅子の背に引っかけると、そこに腰を据えた。
 ――あれ?
 予想外の反応に、きょとんとしてしまう。
 もしかして、と振り返ってみると、私の背後に立っているはずの閻火の姿がなかった。
 急いで二階に上がったのか、鬼の力で見えないようにしているのかはわからないけれど、とりあえずは一安心した。
 私と違って肝の座った藍之介だ。
 閻火に会ったからといってひどく取り乱すところは想像できなかった。
 人外の小説を愛読しているくらいだ、むしろファンタジックな展開に喜んだりするのだろうか。なんて考えがよぎるものの、それこそ想像もつかない。
 本音を言えば藍之介に全部打ち明けてしまいたいけれど、彼に甘えすぎている自覚があるため今回ばかりは胸の内にしまっておくことにした。
 さんざん私の人生に巻き込んでいるのだ。
 これ以上迷惑をかけないようにしなければ、大事な親友を失いかねない。

「藍之介、今日もコーヒーでいい?」
「うん、いつもので」

 私たちのこんな会話は、まさに日常だ。
 藍之介は大学に行く前、毎朝店に顔を出してくれる。
 そしておいしいとは言い難いコーヒーを一滴残さず飲んでくれるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日

葉南子
キャラ文芸
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★ 妖が災厄をもたらしていた時代。 滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。 巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。 その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。 黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。 さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。 その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。 そして、その見合いの日。 義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。 しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。 そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。   ※他サイトでも掲載しております

神様の住まう街

あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。 彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。 真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ…… 葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い―― ※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音
キャラ文芸
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「“ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、“猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。  ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。  意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。 「あ、ありがとうございます」 と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。  あれは夢……?  それとも、現実?  毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...