鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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求婚ナルシスト

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 ――待てよ。
 そこでなけなしの頭脳をフル回転させる。
 人間はよくも悪くも嘘をつく。
 いくらお客様でも直接店主に「まずい」とは言い辛いだろう。
 実際この店の常連さんたちも、私に気を使いお茶を濁していた。
 幼なじみの藍之介でさえ、そこには触れてはいけないと嘘をついてくれていたに違いない。
 そんなふうに言えない雰囲気を作っていた自分に責任がある。
 鬼に言われるまでメニュー表の見にくさにすら気づけなかった。
 周りの人たちの優しさを鵜呑みにし、現実から目を逸らしていたのだ。
 しばし俯き考えがまとまると、ぱっと顔を上げる。

「いいことを思いつきました」

 嘘をつけない、ということは、お世辞でまずいものをおいしいとは言えないわけだ。
 片手に持ったコーヒーカップを、閻火のテーブルに振り下ろすようにどんっと置く。
 閻火は派手な音を立てた私を、ゆっくりと見上げた。

「今日から私はあなたにいろんな飲み物や食べ物を提供します。それで……あなたに『おいしい』と言わせることができたら、この話はなかったことにしてください」

 意を決した進言。
 目前にある真紅のまなこに、真剣な私の顔が映る。
 この妙案が受け入れられれば、私は必死に技術を磨くだろう。
 成功すれば閻火に地獄に帰ってもらい、鬼と一緒にならなくて済む。
 まさに一石二鳥の修行の旅だ。

 息を呑みながらじっとしている私を、閻火はしばらく丸くした目で眺めていた。
 やがてそれを細めふっと破顔すると「いいだろう」と口にした。

「面白い、言わせてみるがいい、冥界の覇者の舌を甘く見ては困るぞ」
「大丈夫です、今の私には厳しいくらいがちょうどいいので」
「だが俺も暇ではない、期限は設けさせてもらうぞ」

 心中で「やったー!」と小躍りしていていたのに、追加の言葉に固まった。
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