鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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求婚ナルシスト

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「一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ、マイワイフ」
「いやっ、あの、ワイフじゃないですし、その、あなた……鬼、ですよね?」
「ああ、そうだぞ」

 いささか気を使いながら聞いたこともあっさり肯定され、目が回りそうだった。

「閻魔大王の職に就いている鬼が成人を迎えれば、特別に人間の女を娶ることができる」

 つまり、閻火は地獄のお偉い様で、妻候補を探しに人間界を訪れた。
 そこでなんの因果か、取り立てて特徴もない私が目をつけられてしまったわけだ。
 ちんぷんかんぷんだった頭が徐々に冷静さを取り戻すと、なんだか無性に腹が立ってきた。
 人の気も知らないで、いきなりやって来たかと思うと妻に迎えるなんて。しかもとんでもなく偉そうに。
 まるで俺様と結婚できることをこの上ない喜びと思えと言いたげだ。ありがた迷惑もいいところじゃないか。
 きゅっと口元に力を入れ眼前の秀麗な顔を睨みつけると、その手を払い退け立ち上がった。

「すみませんが結婚はできません、お引き取り願います!」

 精一杯声を上げ、拒絶を表明した。
 すると閻火はしゃがんだままガガーン、という擬音が飛び出す勢いで青ざめる。
 
「な、なぜだ、俺とお前は愛し合って」
「いません、勘違いです」

 百パーセントのオレンジジュースも驚くほど、純度の濃い勘違いだ。
 なのにそれを聞いた閻火がショックを受けたように短い眉尻を下げるものだから、胸がちくりと痛んでしまう。
 けれどそれは束の間。
 一息に立ち上がった閻火が私の両肩を掴む。これが本物の鬼気迫る表情だ。

「なぜだ、俺のどこが気に入らない? お前たち人間の間ではイトコンと呼ばれる部類だろう!?」
「それはもう、人によって好みがありますから、自分で確認してみてください。あとイトコンじゃなくてイケメンです、どうぞ」

 右手を伸ばし壁面に飾られた鏡を示す。
 閻火はすぐ横に位置する楕円形のガラスに目をやると、びくりと驚き後退りした。
 そして小さく息をつきながら胸を抑える。

「ふう、危ない危ない、あまりの美しさに目が潰れるところだった」
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