鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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求婚ナルシスト

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 注文された温かなミルクティーにフレッシュとスプーンを添えて出すと、軽く礼をしてキッチンに下がり食器の手入れをして時間を過ごす。
 紅茶を口にしながら談笑した彼らは、三十分ほど経つと腰を上げた。
 キッチンのすぐ横についた昔ながらのレジでお会計を済ますと、頭を下げて手を振る二人を送り出した。
 後片付けしようとテーブルに向かうと、陶器のティーカップのそばにハンカチが置いてあるのに気がついた。
 どちらかの忘れ物らしい。
 今ならまだ間に合うかも知れない。
 そう思い四角くたたまれたモスグリーン色の布を手にすると、店内を飛び出した。
 扉を開けるとすぐに、二人の後ろ姿が遠巻きに見える。
 真っ直ぐに続く歩道、なだらかな坂道に消えていきそうな背中を追いかけた。

 ――忘れ物ですよ。
 そう、言葉が喉元まで出かかった時だった。

「ありゃあもう、時間の問題だね」

 年相応の渋い声が耳をかすめ、息を止めた。

「萌香ちゃんはがんばってるけど、日に日に客足が遠のいてるようだし」
「いい子なんだけどねぇ、あんなコーヒーじゃ飲む気にならないよ」
「柚子香さんのコーヒーが逸品だっただけにね」
「ほんとほんと、もう一度飲みたいもんだ」

 話を弾ませる二人を、呼び止めることができなかった。
 声とともに遠ざかっていく後ろ姿。
 それに反してやいばのように全身に刺さった文字の棘は、次第に生々しく痛みを増す。
 手足の先から冷えて、震えが這い上がってくる。
 気づけば振り向いて走り出し、喫茶店の門をくぐっていた。
 
 開店中だということも忘れ、必死にコーヒーを作る。
 高価な豆を使っているし保存方法だって間違っていないはず。ケトル、ドリッパー、コーヒーミル、おばあちゃんが愛用していた器具ではうまくできなかった。だからわざわざ新調してこだわったものを揃えたのに。
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