鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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理想と現実

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 うなだれる私の元に、ちりりん、と来客を知らせる鈴のが訪れた。
 「いらっしゃいませ」は言わない。
 閉店時間の午後七時を過ぎてからも当然のようにやって来る人物は、一人しかいないからだ。
 くすんだ金色の取手を引き、すりガラスに〝喫茶、柚子香〟と書かれた洋風のドアから姿を見せる。
 白のインナーにスカイブルーの襟付きシャツ、黒のスキニーパンツをさらっと着こなした美青年。
 いや、美少年と言ってもいいかもしれない。
 年齢は私と同じ十九だけれど、その大きな瞳と控えめな鼻、少しぷっくりとした唇にはあどけなさが残っている。
 そのくせどこか妖艶で、落ち着いた雰囲気が彼にはあった。

「今日もお疲れさま、萌香。また嘆いていたの?」

 六つしかないテーブルと、カウンターに並んだ椅子。なるべく広く取られた客席同士の間隔は、ベビーカーが入れるようにとおばあちゃんがこだわった作りだった。
 彼はそのフローリングの床を、ゆっくりと進みながら問いかけた。

「ううう~、藍之介あいのすけ~」

 すぐそばに来た藍之介に思わず泣きつきそうになる。
 残念ながら、こんな光景がすっかり板についてしまった。
 本当はもっと笑顔で、今日はこんなにお客様が来て「これだけ売り上げが出たんだよ!」と笑顔で報告したいのに。
 めそめそする私の頭を、藍之介は「はいはい、がんばったね」と撫でてくれる。
 試行錯誤を繰り返してもまったく結果の伴わない私は、この藍之介の優しさにとても救われていた。

「……会計ソフトとか、もはやいらないんじゃ」

 私の前に座る藍之介と、向かい合う形になる。
 藍之介は焦茶色のテーブルに、銀色のノートパソコンを広げていた。

「個人事業主になるんだから、ちゃんとお金の流れはつけておかなくちゃダメだよ。いつなにかの弾みで急に儲けが上がるかもしれないし」
「なんかもうごめんね、いろいろ気を使わせて」

 なにかの弾みがあるなら今すぐ来てほしい。
 そんな夢のような話があるはずもなく、藍之介が配慮してくれているのが申し訳なかった。
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