君と命の呼吸

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
42 / 45
5.ふたりで、ひとつ

5

しおりを挟む
「ごめんね……海斗のお母さんが亡くなってるの、わかってたのに、私、ほんと、自分のことばかりで、怖いのは私だけじゃなかったのに、一人でがんばってる気になって、海斗の気持ち全然考えてなくて、ごめんなさい」

 海斗は戸惑いながらも、懸命に抱きしめ返してくれた。
 私をこの世に引き止めようとすがる、愛しい抱擁だった。

「俺……ひながいなくなるの、絶対嫌だ、だから、絶対に、絶対に、帰って来て」
「うん、うん、わかった……約束する」

 堪えきれず頬を伝う一筋の滴は、彼の強がりと健気さを物語っていた。

「まったく、お前たちはお互いしか見えていなさすぎだ」

 すぐ後ろで見守っていた理人が、ため息混じりに口にした。
 私たちは抱き合っていた力を緩めると、理人を振り向いた。

「海斗は陽波に肺をやろうとするし、陽波は海斗のために海に入るわ全力疾走しようとするわ……お前たちを心配している人間が、他にもいることを忘れるなよ」

 何かに気づかされたように、海斗はお父さんを見た。
 彼は怒っていなかった。頷き、少し鼻を啜っていた。

「俺も海斗の母ちゃんが白血病だってわかった時、俺の骨髄移植させろって騒いだもんだ。適合しねえから無理だっつうのに、今考えたら医者にえらい迷惑かけちまった。いらねえとこばっか似ちまって、すまねえな、ひなちゃん」

 感極まって何も言えず、ひたすら首を横に振った。

「いろいろ辛いことはあったけどよ、母ちゃん以外の女と結婚しときゃよかったなんて、一秒たりとも思ったことねえ。海斗も同じ気持ちだろ」

 陽気に笑って見せる彼に、海斗は小さく「ごめん、父ちゃん」と謝った。
 すると彼は、息子の髪が乱れるほど頭を撫で回した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦
青春
 とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。  人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。

漁村

ジョン・グレイディー
現代文学
第二の人生を海に求める男 積雪の中、悠久の街道を海に向かって北上する。 漁師になることを夢見ながら、寂れた漁村での男の生活が始まる。 ある日、漁港の防波堤でロットを振る若い女に出会う。 男は女に釣りを教えながら、過去の淡い因果を女の中に感じ取る。 男と女の運命的な繋がりが見え隠れする中、2人はこの寂れた漁村での共同生活を始め出す。 男は、失ったはずの夢と恋を海に求める。 人生に頓挫した中年男性と突如として現れた若い女性との人間ドラマ。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...