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3.夢の戯れ
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「――な、ひな、ひな!」
遠くで聞こえていた声が、徐々に、近くで響き始める。
海斗の声だ。
息継ぎする暇もないほど、ずっと私を呼んでくれている。
ちゃんと聞こえてる。そう応えたいのに、息が苦しくて、身体が重くて、瞼を持ち上げることすらできない。
「ひな! ひな! ――――」
不意に、海斗の声がやんだ。
それと同時に、唇に熱い感触が湧き起こる。
息が、入ってくる。
海斗の吐息が、流れ込んでくる。
生をすくい上げる、温かな風のように。
肺が膨張するような、痛みと解放感とともに水を吐き出す。
息を吹き返し、地面で身体をよじるようにして盛大に咽せた。
海斗は、そんな私を抱きしめた。
瞬きする間の出来事だった。
「ひなまで死んじまうかと思った……!」
掠れたように低く、震えた声だった。
私の存在を確かめるように、海斗は渾身の力を込めていた。
強烈な圧迫感に、骨が粉々に砕け散りそうだった。
このまま終わってもいいと思える、幸福な嘆きだった。
「……何を、やってるんだ……」
もう一つの震えた声は、怒りに染まっていた。
真夏の気候を忘れるほどに、体温がすーっと引いていくのを感じる。
浜辺に膝をつけ海斗に包まれていた私を、理人は夜叉でも取り憑いたかのような形相で引き離した。
抱きしめ返そうとしていた手は、海斗に届かなかった。
「連絡しても返事がないと思ったら……一体、なんなんだ、なんのつもりなんだお前は、海に入らせるなんて、身体を酷使させて陽波を殺す気か!」
海斗は言葉を失い、茫然と立ち尽くしていた。
「……め、て、りひ、と、海斗は、知らない、から」
「知らないじゃ済まないんだよ! 何もわかってないくせに入ってくるな! 陽波はな」
やめて、理人、言わないで。
「陽波は、全身に酸素をうまく送れない、そういう肺の難病なんだよ! こんな場所肺移植前の療養で来ただけだ! ふざけるなよこの勘違い野郎!!」
遠くで聞こえていた声が、徐々に、近くで響き始める。
海斗の声だ。
息継ぎする暇もないほど、ずっと私を呼んでくれている。
ちゃんと聞こえてる。そう応えたいのに、息が苦しくて、身体が重くて、瞼を持ち上げることすらできない。
「ひな! ひな! ――――」
不意に、海斗の声がやんだ。
それと同時に、唇に熱い感触が湧き起こる。
息が、入ってくる。
海斗の吐息が、流れ込んでくる。
生をすくい上げる、温かな風のように。
肺が膨張するような、痛みと解放感とともに水を吐き出す。
息を吹き返し、地面で身体をよじるようにして盛大に咽せた。
海斗は、そんな私を抱きしめた。
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掠れたように低く、震えた声だった。
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強烈な圧迫感に、骨が粉々に砕け散りそうだった。
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「……何を、やってるんだ……」
もう一つの震えた声は、怒りに染まっていた。
真夏の気候を忘れるほどに、体温がすーっと引いていくのを感じる。
浜辺に膝をつけ海斗に包まれていた私を、理人は夜叉でも取り憑いたかのような形相で引き離した。
抱きしめ返そうとしていた手は、海斗に届かなかった。
「連絡しても返事がないと思ったら……一体、なんなんだ、なんのつもりなんだお前は、海に入らせるなんて、身体を酷使させて陽波を殺す気か!」
海斗は言葉を失い、茫然と立ち尽くしていた。
「……め、て、りひ、と、海斗は、知らない、から」
「知らないじゃ済まないんだよ! 何もわかってないくせに入ってくるな! 陽波はな」
やめて、理人、言わないで。
「陽波は、全身に酸素をうまく送れない、そういう肺の難病なんだよ! こんな場所肺移植前の療養で来ただけだ! ふざけるなよこの勘違い野郎!!」
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