君と命の呼吸

碧野葉菜

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2.手を伸ばせば壊れてしまう。

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 ――理人は、私を好きなのだろうか?
 そんな思考が浮かび上がる。
 けれど、理人がここまで執着してくる理由は別にある気がした。
 どちらにしろ、理人と気持ちが重なることはないだろう。
 私の中には、もう“彼”しかいないから。

 檜の椅子に体重を預けながら、狭い水槽を通して海斗を思い出す。
 彼に会ってから、三日が経っていた。
 日中は、理人がいる。
 夜は、お姉ちゃんがいる。
 あの時間、あの場所に行けば、彼に会えるのに、それができなかった。

 もう一度会いたい、話がしたい。
 何事も仕方がないとあきらめてきた私が、こうまで切望するのは初めてだった。

 けれど願っただけで叶うのなら、誰も苦労はしない。
 エアコンで冷えた身体をふるりと震わせ立ち上がると、かぎ編みの白いカーディガンを薄ピンクのルームウェアに羽織った。
 時刻は午後三時過ぎ。
 この時間になると、帰宅する学生たちが家を横切る。
 ずっと家にいるだけの私は、社会の歯車からあぶれたような疎外感と罪悪感を覚える。
 だからそんな彼らを見たくなくて、カーテンを閉めようと全面ガラスの窓に近づいた。

 その時だった。
 目の前を、見覚えのある姿が通り過ぎたのは。
 
 三日前、あの時の銀のピアスをそのままに、清潔そうな白い半袖シャツと黒のズボンを身につけた彼がいた。
 
 ――海斗……!?

 胸中で叫びながら急いで窓を開け、縁側の下に置いていたサンダルに足を通すと歩道に飛び出した。

 なだらかな下り坂の先に、海斗の背中が遠のいてゆく。
 同じ学校の生徒だろう。海斗を中央に左右に男女が数名並び、楽しげに話しながら歩いていた。
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