君と命の呼吸

碧野葉菜

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2.手を伸ばせば壊れてしまう。

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 ぼんやりと、室内に置かれた水槽を眺める。
 目が覚めるような黄や青の身体に、長い背びれや尾びれを風に揺れるスカートのように靡かせ優雅に泳ぐ魚たち。
 何も考えなくても、当たり前に呼吸をすることができる。
 意識しなければこの世に置いて行かれそうになる、私とは違う。

 ここは、小さな一軒家だ。
 借家とは言え築年数は浅く、クリーム色の檜の木に囲まれた空間は三人で暮らすには十分な広さだった。
 病院に行くのを除けば一日中ここで過ごす楽しみと言えば、今目の前にいるこの子たちのお世話をすることくらいだ。
 私だけの、小さな水族館。
 
 南向きではあるけれど、内陸寄りのここから海は見えない。
 いつか大人になれるなら、絵の具で塗りつぶしたような真っ白な家に住んで、窓から海を臨んでみたい。
 そんな空想散歩は、ドアをノックする音により終わりを告げた。

 はい、と返事をすれば、開いたドアの向こうから姿を現したのは理人だ。
 相変わらずシンプルなポロシャツと、ジーンズで身を覆っている。
 法律上、いとこは婚姻が成立する。そんな年頃の私たちが同じ屋根の下で暮らすのはよろしくないだろうと、理人は同じ敷地内の離れで寝泊まりをしている。
 
「買い物に出るが、陽波はどうする?」
「私は……いいかな、家にいる」
「わかった、俺がいない間に絶対家から出るなよ」

 頭を縦に振ると、理人が静かに近づいて来て、何か言いたげに目を細めた。
 そしておもむろに、耳にかかった髪を撫でてくる。
 理人の端正な顔が迫って来ると、怖くなって咄嗟に床を見た。
 
 数秒が、数分に感じられるような重い沈黙が流れたのち、理人は手を離し来た道を戻って行った。

「……行ってくる」
「あ、うん……行ってらっしゃい」

 か細い声で、消えて行く理人の背中を見送った。
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