アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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「殺してくれ」  

 殴られた左頬がズキズキ痛む。こんなんじゃ足りん。春歌と運命をともにしてええと思ってた。柳瀬とおった時も、親に春歌を否定された時も、本気で春歌と添い遂げたいと願ったはずやのに。いざ、春歌が目の前から消えた時、水飛沫とともに海に飲まれていく様を見て、今までの出来事が走馬灯のように浮かんだ。心で反発していた両親、優希、叶わん夢――寸前のところで、俺は怯えたんや。

「あの時、春歌が落ちた瞬間に助けに入ってたら、まだ生きてたかもしれん、やのに、俺は逃げた、怖くなって、突っ立ったまま、助けを呼ぶんも遅れて、なにも……なにもできんかった、一緒に死んでやることも――!」

 浅い歴史と引き換えに、春歌を失った。臆病でグズで身勝手な俺を、打ち砕いてほしくて腹から叫んだ。乱れていた空気が、一斉に静まり返る。抵抗していた柳瀬も動きを止めると、憎しみの限りを込めた眼光を放った。
 
「お前みたいな蛆虫のこと、春歌はずっと――」

 そう呟いたのを最後に、柳瀬は俺を沈めるに相応しい拳をしまった。そして、止めていた大人たちの腕を振り払うと、踵を返して、後ろに立つおばさんに黙って頭を下げ、葬儀場を後にした。
 柳瀬が去って数秒後、おばさんや優希が俺の元へ駆けつけた。参列者や葬儀場の人たちも、場を建て直そうと話を始める。俺を置き去りにしたまま、時の流れだけが再開される。
 それからや。俺の手が、勝手に動くようになったんは。
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