59 / 70
小夜曲(セレナーデ)
12
しおりを挟む
蝉の亡骸があちこちに転がっている。お盆が明けて、辺りは一気に静かになった。出遅れた蝉の鳴き声が、寂しげな晩夏を歌う。
小さな葬儀場やった。二列しかないパイプ椅子の一列目に、親戚らしき年配者が数人。そして二列目には、俺と優希が横並びに座っていた。お葬式にはこの人を呼んでほしい。春歌が指名していた相手に、おばさん――春歌の母さんが声をかけた。
群青色と水色の花に彩られた遺影には、いつも通りのクールな表情の春歌がおる。記念撮影なんて好きやなかった、きっと写真を探すのにも苦労したやろう。
坊さんのお経も、優希に催促されたお焼香も、全部ぼやけて現実味がない。ああ、そうか、これはたぶん夢や。人生最低の悪夢で、時が来れば目が覚める。そうしたらまた、お前に振り回される毎日が待っている。なぁ、そうやろ春歌、だから早く起きて、俺の頬を平手打ちしてくれ。
おかしい、春歌が目を開けん。真っ白な棺の中で、首まで寒色の花々に埋め尽くされて、蝋のような肌に、やけに赤い口紅を塗っている。最期のお別れにと言われて、配られた水色の花を、どこに置けばええかわからん。だけど悩む必要はなかった。俺の一輪は、頬の痛みとともに舞い散った。
勢いよく吹き飛び、近くにあった花瓶を巻き込んで派手に倒れる。割れた陶器から溢れた水を、頭から被った。
「人殺し」
冷えた脳に響く低い呟き。硬い床にへばりついた背中を少し起こすと、徐々に焦点が合ってくる。視界に浮かび上がった青髪は、同じ制服姿で俺を見下ろし、歯を食いしばっていた。
「お前が一緒におったんやろ……なにしてたんや、春歌が落ちた時、お前はなにしたんや、ああ!?」
俺に掴みかかろうとする柳瀬を、葬儀場のスタッフと年配の参列者が止める。
「やめて、柳瀬くん! 近くにいた人の証言で、春歌は自分から落ちたってわかってる、拓人くんのせいじゃないの!」
大人と攻防する柳瀬の後ろで、おばさんが叫ぶ。やめてくれ。止めんでええ。たぶん柳瀬の今の気持ちは、俺の中身そのものやから。
「……ろして」
溺死なんて、嫌な死に方トップスリーに入るやろ。水を飲んで、どれだけもがいても苦しみは増すばかりで、息絶えるまで海に弄ばれる。いや、その考えが間違いか。生まれた時から厳しい治療に耐え続け、出口のない暗いトンネルに閉じ込められた春歌からすれば、数分の地獄は、天国への階段やったのかもしれん。ようやく解放されたんか。だからあんなに穏やかで、嘘のように綺麗な顔をしてたんか。
小さな葬儀場やった。二列しかないパイプ椅子の一列目に、親戚らしき年配者が数人。そして二列目には、俺と優希が横並びに座っていた。お葬式にはこの人を呼んでほしい。春歌が指名していた相手に、おばさん――春歌の母さんが声をかけた。
群青色と水色の花に彩られた遺影には、いつも通りのクールな表情の春歌がおる。記念撮影なんて好きやなかった、きっと写真を探すのにも苦労したやろう。
坊さんのお経も、優希に催促されたお焼香も、全部ぼやけて現実味がない。ああ、そうか、これはたぶん夢や。人生最低の悪夢で、時が来れば目が覚める。そうしたらまた、お前に振り回される毎日が待っている。なぁ、そうやろ春歌、だから早く起きて、俺の頬を平手打ちしてくれ。
おかしい、春歌が目を開けん。真っ白な棺の中で、首まで寒色の花々に埋め尽くされて、蝋のような肌に、やけに赤い口紅を塗っている。最期のお別れにと言われて、配られた水色の花を、どこに置けばええかわからん。だけど悩む必要はなかった。俺の一輪は、頬の痛みとともに舞い散った。
勢いよく吹き飛び、近くにあった花瓶を巻き込んで派手に倒れる。割れた陶器から溢れた水を、頭から被った。
「人殺し」
冷えた脳に響く低い呟き。硬い床にへばりついた背中を少し起こすと、徐々に焦点が合ってくる。視界に浮かび上がった青髪は、同じ制服姿で俺を見下ろし、歯を食いしばっていた。
「お前が一緒におったんやろ……なにしてたんや、春歌が落ちた時、お前はなにしたんや、ああ!?」
俺に掴みかかろうとする柳瀬を、葬儀場のスタッフと年配の参列者が止める。
「やめて、柳瀬くん! 近くにいた人の証言で、春歌は自分から落ちたってわかってる、拓人くんのせいじゃないの!」
大人と攻防する柳瀬の後ろで、おばさんが叫ぶ。やめてくれ。止めんでええ。たぶん柳瀬の今の気持ちは、俺の中身そのものやから。
「……ろして」
溺死なんて、嫌な死に方トップスリーに入るやろ。水を飲んで、どれだけもがいても苦しみは増すばかりで、息絶えるまで海に弄ばれる。いや、その考えが間違いか。生まれた時から厳しい治療に耐え続け、出口のない暗いトンネルに閉じ込められた春歌からすれば、数分の地獄は、天国への階段やったのかもしれん。ようやく解放されたんか。だからあんなに穏やかで、嘘のように綺麗な顔をしてたんか。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜
green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
金色の庭を越えて。
碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。
人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。
親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。
軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが…
親が与える子への影響、思春期の歪み。
汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる