アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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 蝉の亡骸があちこちに転がっている。お盆が明けて、辺りは一気に静かになった。出遅れた蝉の鳴き声が、寂しげな晩夏を歌う。
 小さな葬儀場やった。二列しかないパイプ椅子の一列目に、親戚らしき年配者が数人。そして二列目には、俺と優希が横並びに座っていた。お葬式にはこの人を呼んでほしい。春歌が指名していた相手に、おばさん――春歌の母さんが声をかけた。
 群青色と水色の花に彩られた遺影には、いつも通りのクールな表情の春歌がおる。記念撮影なんて好きやなかった、きっと写真を探すのにも苦労したやろう。
 坊さんのお経も、優希に催促されたお焼香も、全部ぼやけて現実味がない。ああ、そうか、これはたぶん夢や。人生最低の悪夢で、時が来れば目が覚める。そうしたらまた、お前に振り回される毎日が待っている。なぁ、そうやろ春歌、だから早く起きて、俺の頬を平手打ちしてくれ。
 おかしい、春歌が目を開けん。真っ白な棺の中で、首まで寒色の花々に埋め尽くされて、蝋のような肌に、やけに赤い口紅を塗っている。最期のお別れにと言われて、配られた水色の花を、どこに置けばええかわからん。だけど悩む必要はなかった。俺の一輪は、頬の痛みとともに舞い散った。
 勢いよく吹き飛び、近くにあった花瓶を巻き込んで派手に倒れる。割れた陶器から溢れた水を、頭から被った。

「人殺し」

 冷えた脳に響く低い呟き。硬い床にへばりついた背中を少し起こすと、徐々に焦点が合ってくる。視界に浮かび上がった青髪は、同じ制服姿で俺を見下ろし、歯を食いしばっていた。

「お前が一緒におったんやろ……なにしてたんや、春歌が落ちた時、お前はなにしたんや、ああ!?」

 俺に掴みかかろうとする柳瀬を、葬儀場のスタッフと年配の参列者が止める。

「やめて、柳瀬くん! 近くにいた人の証言で、春歌は自分から落ちたってわかってる、拓人くんのせいじゃないの!」

 大人と攻防する柳瀬の後ろで、おばさんが叫ぶ。やめてくれ。止めんでええ。たぶん柳瀬の今の気持ちは、俺の中身そのものやから。

「……ろして」

 溺死なんて、嫌な死に方トップスリーに入るやろ。水を飲んで、どれだけもがいても苦しみは増すばかりで、息絶えるまで海に弄ばれる。いや、その考えが間違いか。生まれた時から厳しい治療に耐え続け、出口のない暗いトンネルに閉じ込められた春歌からすれば、数分の地獄は、天国への階段やったのかもしれん。ようやく解放されたんか。だからあんなに穏やかで、嘘のように綺麗な顔をしてたんか。
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