アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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 運動部の連中も帰る時間帯。読み終えた本を棚に戻す春歌の背に立ち、意気消沈してため息をついた。

「海に行きたい」

 今日をあきらめた俺に、与えられた一筋の光。空耳かと疑った可能性は、振り向いた春歌のまっすぐな瞳に否定される。

「明石海峡がよく見えるところ」

 俺の返事を待たず、注文を重ねる春歌。てっきりもう帰る流れやと思っていたから、俺にとっては願ったり叶ったりやけど。

「今からって、時間大丈夫なんか?」
「それはこっちの台詞」

 誕生日に丸一日家を空けるなんて、初めてのことや。習い事でもないのに、高校生が出歩いてええ時間は過ぎてる気もする。それでも今を逃したら、次はいつチャンスが巡ってくるかわからん。

「俺は平気や。行くか、舞子公園なら明石海峡の目の前やで」
「じゃあ行こ、拓人の自転車で」

 JRに乗っていった方が絶対にすぐ着くのに、あえて自転車を勧めてくる春歌に「へっ」とマヌケな声が漏れた。

「なんでわざわざ、電車の方が早いやん」
「かまへんやろ~、心臓強いんでっから」

 当然の意見を言う俺に、春歌はふざけたように関西弁を真似てみる。慣れてないせいか、イントネーションがおかしい。そもそも明石人は、そこまでコテコテに訛ってへん。
 それはさておき、春歌が冗談をやるなんて、かなり機嫌がええように思える。だったらその波に、のらん手はないやろう。

「わかった、任せとけ」
 
 俺の答えに、春歌は満足そうににんまり笑った。
 八月の十九時過ぎはまだ明るい。だけど俺の家まで歩けば、みるみるうちに日が暮れていく。電気が消えた自宅、両親はまだ祖父母の家らしい。おかげで面倒なやり取りをせずに済んだ。
 家から自転車の鍵を取って戻ると、春歌はすでに準備万全やった。ハンドバッグを前カゴに入れ、群青色の自転車の荷台に、両足を揃えて横向きに乗った美少女。こんな荷物なら、どこまでも運んでやりたい。そう思いながら、鍵をさして、サドルを跨ぐ。しっかり掴まれって言う前に、春歌の方から腰に手を回しくっついてきて、スタートの合図もできずペダルを踏み込む。
 日中の熱気はなりを潜め、涼しい風が頬を吹き抜ける。バックミュージックは春歌の鼻歌。見慣れた街並みが、すべて特別に映る。落ちてくる夜に溶けるように駆けてゆく、自由を知った体は羽が生えたように軽かった。
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