アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

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 反転した視界には、春歌が映っている。太陽の光に邪魔されて、表情が読み取れん。
 
「拓人って本当つまんない。幸せなくせに不幸面して、下手なピアノ弾いて時間を浪費して。文句があるなら代わってよ」

 首を締めつける、柔らかくか細い熱、馬乗りになった重み。確かにここにあるのに、今にも消えそうで、だからもっと、もっと欲しいって、春歌の手に自分のそれを重ねた。

「今すぐ死んでもなんの不思議もない私にいちいち優しくしてくる拓人が憎くて憎くてたまらない!」

 俺の首を懸命に絞めながら、春歌はどんな顔でそんな台詞を吐いたんか。
 眩しさに細めた目の前で、春歌の白い首がチラつく。そこに残る赤い手形を、皮膚ごと剥がしたくなった。
 息が上がるほど苦しくはある、だけど酸欠するほどやない。だから頭は妙に冷静で、優希の「やめて!」と叫ぶ声も耳に届いた。
 聞きたくなかったし、止めてほしいとも思わんかった。青空の下、俺だけ見つめる春歌だけ見ていたかった。

「私は、死に方くらい自由にしたいだけ。絶対に、綺麗に死んでなんかやらな――」

 ヒュッと嫌な音がした途端、首が楽になる。風が吹き込むような音は、以前も聞いたことがあった。
 春歌の動きが止まる。俺の首に巻きついた手が震え、離れ、そして、砂浜に横から倒れ込んだ。
 弾かれたように起き上がった俺は、胸を押さえてもがく春歌の名前を連呼する。
 
「春歌、春歌!」
「おい、春歌、どうしたんや、大丈夫か!?」

 駆けつけて春歌の体を揺さぶろうとする、柳瀬の手を叩くように払い退ける。

「揺らすな! 発作が出てるんや!」

 両手で心臓の辺りを掻きむしり、低い声で唸りのたうち回る。
 春歌の発作の姿を見るのは、これで三回目や。最初は幼稚園、次は小学生、中学生の時は見んかったけど、明らかに悪化している。

「春歌、発作止めは、薬は、どこや!?」

 激痛の中でも届くように、なるべく春歌の耳に近い場所で叫ぶように問いかける。
 ぶんぶんと首を横に振るだけの春歌に、春歌の母さんから以前聞いたことを思い出した。
 春歌は薬を持ち歩きたがらない、忘れたふりをして家に置いてく、もう助かる気がないって。
 マジでふざけんなよって思いながら、その後に続く台詞も忘れてなかった。
 だから、薬持っててくれない、拓人くんと一緒にいる時間が長いからって。

「そうや、薬、俺が――」
 
 前につんのめりそうになりながら、立ち上がって走り、石板のそばに置いたカバンを、引ったくるように掴んで戻る。
 途中で優希を突き飛ばした気がしたけど、今は謝罪する余裕もない。
 カバンをひっくり返し、落ちてきた白い処方箋袋を拾い上げて中身を取る。
 春歌の母さんから渡されたんは半年ほど前やけど、錠剤なら使用期限がもつはずや。処方されてる薬が変わってへんかとか、他にも気になることはあったけど、背に腹はかえられぬ。今は突き進むしかなかった。
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