36 / 70
受難曲(パッション)
7
しおりを挟む
ゆっくりと進む普通電車で、いくつかの駅を乗り過ごす。向かう海の最寄駅は、春歌の家の近くでもある。
到着した駅に降りると、先に改札を出た優希の後をついていく。平日の日中ということもあり、普段から人通りが少ない駅前は、さらに閑散としていた。
コンビニを横切り、コンクリートの道を歩く後ろ姿を眺める。早く海を見たいのか、ローファーを履いた足が、心なしか弾んで見えた。
海までは少し時間がかかる。昔ながらの瓦屋根や、真新しい西洋風の戸建てが入り混じった細い道。なだらかな坂を下っていくと、やがて石造りの地面が見えてくる。
男女を区別するマークが入った公衆便所に、広くはない駐輪場、設置された銀色の手すりは、その奥へと続いている。
子供の頃から、見慣れた海の玄関。グレーの地面を抜けると、一気に開ける視界に、大海原が広がっている。
待ってましたと言わんばかりに、高い声を上げながら駆け出す優希。若さと元気が弾けている。十五歳ってこういうもんか。
乾いた砂にほどよく沈むスニーカー。サクサクした踏み心地のよさに、しばらく雨を見てへんことに気づく。
砂浜の端には、石碑に似た横長の置き物がある。「林崎松江海岸」と書かれたそのそばには、タコや鯛などのオブジェが飾られている。明石が誇る海産物、知ってはいるけど、相変わらずやなと思う。
七月から海開きをして、土日なんかは人でいっぱいになるらしい。だけど今日は思った通り、人を見つけるんが難しいくらい空いている。
駅前もガランとしていたし、出入り口にも自転車が一台もなかった。夏休みに突入すれば、平日も学生たちで賑わうんやろう。それを考えれば、今日は確かに穴場の日……かもしれん。
石板のそばにカバンを置いて、久しぶりに来た海岸を見渡していると、優希のはしゃぐ声に視線を引っ張られた。
いつの間にかローファーに靴下まで脱いだ優希が、寄せては返す波打ち際で遊んでいる。
ここは遠浅のロングビーチ、波も穏やかで溺れる心配もない。透明度の高い海面が、太陽光を浴びて眩しいくらい輝いている。
この海を背景に、グランドピアノを置けばどうやろう。白っぽい砂の上に、漆黒の楽器はさぞ映えると思う。
しなやかな指、踊る音、まるで本当に動物が歌っているような。春歌の「子犬のワルツ」が勝手に頭に流れてきた。十年も前に聴いたきりやのに、なんでこんなに鮮明に蘇るんやろう。「冷たーい」とか「キャー」とか、幼い言語が遠くに響く。この時ばかりは、もっとうるさくしてくれと思った。
雑音でもなんでもええから、俺の五感から、この景色を消してほしいと願った。だけどそんな時に限って、プツリと騒がしさが途切れてまう。春歌の影を引きずったまま、近づいてくる気配に焦点を合わせた。
到着した駅に降りると、先に改札を出た優希の後をついていく。平日の日中ということもあり、普段から人通りが少ない駅前は、さらに閑散としていた。
コンビニを横切り、コンクリートの道を歩く後ろ姿を眺める。早く海を見たいのか、ローファーを履いた足が、心なしか弾んで見えた。
海までは少し時間がかかる。昔ながらの瓦屋根や、真新しい西洋風の戸建てが入り混じった細い道。なだらかな坂を下っていくと、やがて石造りの地面が見えてくる。
男女を区別するマークが入った公衆便所に、広くはない駐輪場、設置された銀色の手すりは、その奥へと続いている。
子供の頃から、見慣れた海の玄関。グレーの地面を抜けると、一気に開ける視界に、大海原が広がっている。
待ってましたと言わんばかりに、高い声を上げながら駆け出す優希。若さと元気が弾けている。十五歳ってこういうもんか。
乾いた砂にほどよく沈むスニーカー。サクサクした踏み心地のよさに、しばらく雨を見てへんことに気づく。
砂浜の端には、石碑に似た横長の置き物がある。「林崎松江海岸」と書かれたそのそばには、タコや鯛などのオブジェが飾られている。明石が誇る海産物、知ってはいるけど、相変わらずやなと思う。
七月から海開きをして、土日なんかは人でいっぱいになるらしい。だけど今日は思った通り、人を見つけるんが難しいくらい空いている。
駅前もガランとしていたし、出入り口にも自転車が一台もなかった。夏休みに突入すれば、平日も学生たちで賑わうんやろう。それを考えれば、今日は確かに穴場の日……かもしれん。
石板のそばにカバンを置いて、久しぶりに来た海岸を見渡していると、優希のはしゃぐ声に視線を引っ張られた。
いつの間にかローファーに靴下まで脱いだ優希が、寄せては返す波打ち際で遊んでいる。
ここは遠浅のロングビーチ、波も穏やかで溺れる心配もない。透明度の高い海面が、太陽光を浴びて眩しいくらい輝いている。
この海を背景に、グランドピアノを置けばどうやろう。白っぽい砂の上に、漆黒の楽器はさぞ映えると思う。
しなやかな指、踊る音、まるで本当に動物が歌っているような。春歌の「子犬のワルツ」が勝手に頭に流れてきた。十年も前に聴いたきりやのに、なんでこんなに鮮明に蘇るんやろう。「冷たーい」とか「キャー」とか、幼い言語が遠くに響く。この時ばかりは、もっとうるさくしてくれと思った。
雑音でもなんでもええから、俺の五感から、この景色を消してほしいと願った。だけどそんな時に限って、プツリと騒がしさが途切れてまう。春歌の影を引きずったまま、近づいてくる気配に焦点を合わせた。
2
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
#彼女を探して・・・
杉 孝子
ホラー
佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。
未来の貴方にさよならの花束を
まったりさん
青春
小夜曲ユキ、そんな名前の女の子が誠のもとに現れた。
友人を作りたくなかった誠は彼女のことを邪険に扱うが、小夜曲ユキはそんなこと構うものかと誠の傍に寄り添って来る。
小夜曲ユキには誠に関わらなければならない「理由」があった。
小夜曲ユキが誠に関わる、その理由とは――!?
この出会いは、偶然ではなく必然で――
――桜が織りなす、さよならの物語。
貴方に、さよならの言葉を――
僕と若葉とサッカーボール ~4歳年下の生意気な女の子は、親友だったヤツの大切な妹~
くしなだ慎吾
青春
四年前、十二歳の時に無二の親友を事故で亡くした神村綾彦(かみむらあやひこ)は、それ以来その亡くなった親友の妹である竹原若葉(たけはらわかば)を、自分の妹代わりのようにしてきた。
二人の歳の差は四歳。高一になった綾彦にとって、まだ小六の若葉は子供扱いをする相手。けれど若葉にとっての綾彦は少し様子が違って、兄代わり以上にある程度異性として意識をし始めている様子。物語はそんな二人の年代から始まる。
第4回ほっこり・じんわり大賞にエントリーしています。よろしければ応援お願いいたします。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
もう会えないって、キミが言うから
瀬戸森羅
青春
いつまでも変わらないと思っていた。そんな日々も気づけば終わりが近づいていた
3月、桜の花が開き始め、いつもの通学路は華やかに彩られる
それは美しくも儚く、淡色の花弁は風に触れるだけで散っていく。やがて私たちも、散り散りになる
伝えなきゃ。キミが遠くへ言ってしまう前に
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる