アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

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 目の前に提示されたカッターシャツを受け取ると、ふわっと爽やかな香りがした。昨日俺が貸した服を、洗濯して返してくれたらしい。

「わざわざ洗ってくれたん、ええのに」
「私が着たまま返すのキモいじゃん」
「あ、あのなぁ、春歌はいっつも一言多いねん」

 顔が熱くなると同時に冷える気もする。赤くなったり青くなったりを繰り返し、忙しいに違いない。そんな俺たちの横から、なにやら話し声がする。
 視線の方を見ると、さっきまで前に立っていた二人が、複雑な表情をしていた。驚きと羨望に期待が入り混じる、変わったものに向ける、野次馬の目。

「拓人のシャツ借りてたって……どういうこと?」
「お前ら、そういう仲なん?」

 言われて初めて気づいた。そんな疑いが浮上する場面であると。
 綺麗に畳まれたシャツは、包むものもなく剥き出しで。それを人前で手渡しすれば、どうなるかなんて誰にでも想像できると思う。
 答えられずにおると、腰を落とした春歌が俺の顔を覗き込んできた。唇がつきそうなくらい、近い距離まで詰めて。

「ごめんね、うちお金ないから、袋の用意もできなくてさ」

 大丈夫や、安心して、俺に任せろ。将来はピアニストやから、経済的な心配はいらん。
 そんなことを言える立場でも状況でもないのに、俺は勝手に夢の世界に春歌を描く。だけど、そんな空想も長くは続かん。
 あっという間に離れていった春歌の背後には、鬼の形相で立つ一人の男子生徒がおった。
 長く逞しい腕が、春歌の胸部に絡みつき、一気に自分の元へ引き寄せる。瞬間、春歌は目を見開いて、ガクンと後ろに倒れそうになった。
 高校で初めて知り合った。入学したての頃は明るい茶髪やった。五月になれば、もう今の色に染めてたっけ。体が大きいだけで十分目立つのに、ソーダのような襟足の長い髪が、さらに存在を際立たせていた。
 一重の三白眼が、俺を射抜く勢いで睨みつけてくる。外見も素行も、わかりやすい不良や。俺より頭一つ分背が高く、体格もええ。だからって怯むなんてダサい。そう思ったから目を逸らさんように、顎を引いて拳に力を込めた。 
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