アオハルのタクト

碧野葉菜

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夢想曲(トロイメライ)

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 部屋がわかると、春歌は俺を待たず、銀のドアノブを掴む。焦茶色のドアを押し開けば、真っ先にピアノが目に入る。カーテンや寝具など、水色を基調とした部屋の中で、漆黒の楽器はよく目立つ。

水島みずしまだから、水色が好きなの?」  
 
 春歌の言うことは予想がつかん。どんな友達を呼んでも、家庭訪問で先生が来た時も、この部屋に入った人なら、まずはピアノに反応するのに。まさか、部屋のカラーを話題に出されるとは思わんかった。

「いや、その発想はなかったけど。別に、なんとなく、水色とか、青系好きなだけで」
「そうなんだ、私も青だよ? 青木だから」

 知ってる。だからそれは、さっき俺が質問しかけた、柳瀬の髪の色に通じてるんやないか。一度止められたから、もうこれ以上、同じことは言えんけど。
 室内に足を踏み入れる春歌。その後ろ姿に、かつての淡い桜色のワンピースを思い出す。

「……俺の中では、春歌はピンクのイメージやってんけど」
「なにそれ、超勝手」

 そう言われたら元の子もない。会話を続ける努力とか、春歌は考えたことがあるんやろうか。
 
「春歌も、水島は水色のイメージって勝手やろ」

 都合よく聞こえんふりをして、室内を散歩する春歌。なにか見られて困るようなものはなかったやろうか、もう少し整頓しとけばよかったかもしれん。
 ソワソワしながら手にしたセーラー服をベッドに置き、代わりにタンスから取り出したTシャツを着る。一番上に重ねてた、ようわからん英語がプリントされた白いやつ。じっくり選ぶ余裕はなかった。いつも生活している部屋やのに、春歌がおるだけで、特別な空間になった気がした。
 
「名前に春が入ってるし、幼稚園の時、ようピンク色着てたから」
「……好みなんて変わるでしょ」

 肌着姿から解放された俺の台詞に、プイッと不機嫌そうに顔を背ける春歌。なにか悪いことを言うたやろうかと思案する前に、すらりと伸びた足が止まった。
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