アオハルのタクト

碧野葉菜

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余興曲(バディヌリー)

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「パパとママ、張り切って用意してたもんね。たっちゃんの、十七歳のたんじょう、び、に――」

 誕生日って単語のところで、不自然に詰まって表情が固まる優希。生まれた日は、一年の成長と、歳を重ねられたことを祝うイベント。それが一般的で、俺も例外やなかった。だけど二年前から、俺の誕生日はめでたいだけやなくなった。祝われる照れくささ、少し特別な日への喜び、そんなもん全部掻っ攫う青くて深い波。
 ――なぁ、これで満足か?
 カタカタと震える手が、優希に見えんよう背中に隠した。

「あ……ええ、と、もうすぐ、誕生日、やね」
「……ああ、うん。これで俺も、十八禁デビューやな」
「なにそれっ」

 あははと、明るく笑う優希。誰も触れん、俺の誕生日に起きたことに。みんな知っているのに、一人として口にせず、気づかんふりをして暮らしている。俺にもできるはずや。他の奴らにできているなら。

「たっちゃん」

 もじもじした様子で、優希がベッドを降りる。デニムのショートパンツから伸びる、肉づきのええ太もも。透け感がある半袖のカットソー、淡いイエローのキャミソールから、豊満な谷間が覗く。正解の対応を探るうちに、ふっくらとしたピンクの唇が、すぐそばまで迫っていた。
 
「バカみたい」

 身も蓋もない、辛辣な言葉が降ってくる。ブラックホールに吸い込まれるようや。なにもかもが消し飛んで、真っ暗闇で凍える。

「ごめ、ちょっ、と、かえっ、て」
「え? どうしたん急に?」
「マジで、ごめん、また、こ、今度――」

 優希の両肩を掴み、強引にドアの外へ押し出す。抗議するように俺の名前を連呼する彼女を無視して、勢いよくドアを閉めた。
 激しく振動する手をどうにか鍵に持っていき、カチャリと錠を下ろす。
 伸びる腕に引っ張られ、アップライトピアノの椅子に尻をつける。
 乱暴に蓋を開けば、現れた鍵盤に指が吸いつく。這うように、沿うように、流れるように踊り狂う。手指が、いや、腕全体が、ピアノの一部になったように。
 
「俺の実力、俺の才能、天才、俺は天才やった、なぁ、そやろ、俺の勝ちや、なぁ、春歌はるか――」

 ショパンの「エオリアン・ハープ」。何度練習しても同じところで引っかかり、数えきれんほど失敗してきた。
 それをこんなに美しいアルペジオ――和音を少しずつずらしながら弾くなんて、俺に対する当てつけか?
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