アオハルのタクト

碧野葉菜

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余興曲(バディヌリー)

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 ピアノにはさまざまなコンクールがある。ジュニア向けから、全年齢対象、音楽メーカー主催のものや、地域のイベントめいたもの、国内から海外に至るまで、その種類は数多に渡る。
 巷で噂される、レベルの高さなんてどうでもよかった。過去の俺はどんな小さなコンクールでも、結果さえ出すことができればよかった。たった二年ほど前のことやのに、昔と呼びたくなるんは、当時と今の俺がかけ離れているせいか。
 受賞は無理でも、入選くらいはどうしてもしたかった。それが自分自身のプライドでもあり、俺に金をかけてくれた両親へのせめてもの恩返し。そう思っていたのが懐かしく感じる。
 才能が開花するのなんて、突然なんや。
 俺の場合は「あのこと」がキッカケで――。

「おめでとうございます」

 千人集客できる大きなホールの舞台、真ん中に立った俺は一人、スポットライトを浴びていた。
 聞き慣れてきた祝いの言葉に顔を上げれば、コンクールに相応しい正装をした紳士が、金色のトロフィーを差し出している。
 黒いタキシードの袖に包まれた両手を伸ばし、ずっしりと重みがある成果を受け取れば、辺りからパチパチと盛大な拍手が起きた。
 
「十七歳にして、ここ数年のコンクールを総なめですね」

 今度は品がある五十代くらいの婦人が、マイク片手に話し出す。十七歳なんて、遅すぎる。ほんまに才能がある奴は、もっともっと小さな頃から――。

「やはり将来の夢はピアニストですか?」

 プロってなんやろう。ピアニストってなんやろう。やめろ。頭で考えすぎると、きっとよくないことが起きる。なにも難しくない。俺には才能があった。ただ、遅咲きなだけで、今ある栄光はすべて俺自身のものやから。

「はい、もちろん」

 向けられたマイクに自信に満ちた答えを送る。そう、人生観が変わるってやつや。だから自然と手が動くようになった。楽譜を読まんでも、鍵盤を見んでも。
 まるで、別の誰かが弾いているかのように――。
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