210 / 228
第六章、金色の庭を越えて。
5
しおりを挟む
清々しい朝だった。
清志郎は軽く伸びをしてベッドから下りると、すぐ傍らの棚に置いた写真立てを覗き、微笑んだ。
「おはようございます、母さん、今日も綺麗ですね」
そこにいるのは幼い頃の彼を抱く、実母、皐月である。
穏やかに笑い合う二人の姿。
清志郎が心から幸せだった、遠い昔の記録である。
清志郎の朝は早い。
小鳥のさえずりとともに目覚め、カーテンから射し込む光を浴びながら、バイオリンを奏でる。
皐月が好きだった曲だ。
清志郎は今日、この曲でコンテストに挑む。
外のうだるような暑さも、蝉の大合唱も、まるで嘘のように、清志郎がいる空間には入り込めない。
爽やかで、穏やかで、澄みきった音符が室内を満たす。
「おはようございます、清志郎様」
「おはよう、皆さん、ご機嫌よう」
上品な光沢のある黒のジャケットとスラックス、それと同色の蝶ネクタイに飾られた白いカッターシャツの襟元。
コンテスト用の晴れ着に身を包んだ清志郎は、すれ違うメイドたちに丁寧な挨拶をしながらダイニングに向かう。
その広いテーブルの端と端には、朝食が用意されている。
一方は清志郎、そしてもう一方は……。
「今日は僕、なんだかとても身体が軽いんです。きっと素敵なことが起こる前兆だ。母さん、必ず聴きに来てください、あなたのために奏でます」
清志郎は右端の椅子に座り、スープを混ぜながら時折前を見て話す。
しかし、その突き当たりにある左端の席には、誰もいない。
それでも清志郎は話し続けた。
「そうだ、母さんに紹介したい女性がいるんです。きっと気にいるはずだ……え? ……なんだ、ヤキモチですか? 困った人ですね、心配しないでください。僕の一番はずっとあなただけですから」
清志郎が記憶障害と人格障害を患い始めたのは、父が母を殺害する現場を目撃してからだった。
清志郎は軽く伸びをしてベッドから下りると、すぐ傍らの棚に置いた写真立てを覗き、微笑んだ。
「おはようございます、母さん、今日も綺麗ですね」
そこにいるのは幼い頃の彼を抱く、実母、皐月である。
穏やかに笑い合う二人の姿。
清志郎が心から幸せだった、遠い昔の記録である。
清志郎の朝は早い。
小鳥のさえずりとともに目覚め、カーテンから射し込む光を浴びながら、バイオリンを奏でる。
皐月が好きだった曲だ。
清志郎は今日、この曲でコンテストに挑む。
外のうだるような暑さも、蝉の大合唱も、まるで嘘のように、清志郎がいる空間には入り込めない。
爽やかで、穏やかで、澄みきった音符が室内を満たす。
「おはようございます、清志郎様」
「おはよう、皆さん、ご機嫌よう」
上品な光沢のある黒のジャケットとスラックス、それと同色の蝶ネクタイに飾られた白いカッターシャツの襟元。
コンテスト用の晴れ着に身を包んだ清志郎は、すれ違うメイドたちに丁寧な挨拶をしながらダイニングに向かう。
その広いテーブルの端と端には、朝食が用意されている。
一方は清志郎、そしてもう一方は……。
「今日は僕、なんだかとても身体が軽いんです。きっと素敵なことが起こる前兆だ。母さん、必ず聴きに来てください、あなたのために奏でます」
清志郎は右端の椅子に座り、スープを混ぜながら時折前を見て話す。
しかし、その突き当たりにある左端の席には、誰もいない。
それでも清志郎は話し続けた。
「そうだ、母さんに紹介したい女性がいるんです。きっと気にいるはずだ……え? ……なんだ、ヤキモチですか? 困った人ですね、心配しないでください。僕の一番はずっとあなただけですから」
清志郎が記憶障害と人格障害を患い始めたのは、父が母を殺害する現場を目撃してからだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
8年間未来人石原くん。
七部(ななべ)
青春
しがない中学2年生の石原 謙太郎(いしはら けんたろう)に、一通の手紙が机の上に届く。
「苗村と付き合ってくれ!頼む、今しかないんだ!」
と。8年後の未来の、22歳の自分が、今の、14歳の自分宛に。苗村 鈴(なえむら すず)
これは、石原の8年間の恋愛のキャンバスのごく一部分の物語。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
コミュ障じゃないボカロPが書いたラノベなんて読まない
ぼを
青春
底辺ボカロPと、架空のボカロ少女「ミコ」の日常を描いたラノベです。
ほのぼのとしたラブコメを基軸とするつもりですが、純文学要素や、若干の性的描写を予定しておりますので、R-15としております。
作者自体もボカロPである関係上、小説の話と実際のオリジナル楽曲をリンクさせて書いていく予定です。
それなりの期間で連載しますので、お気に入り登録を推奨します。
ちなみに「ミコ」とは、つまり、あのボカロキャラクタの事です。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる