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第一章、発端
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その台詞に、あゆらはまた苛立ちが増す。
嘘でも父や自分のためではなく、娘であるあなたが心配だから、くらい言えないのか、と。
「お母様がそんな風だから、お父様は今日も愛人のところではなくって?」
思わず嫌がらせのように杏奈を傷つける言葉が出る。それを聞いた彼女はとても悲しそうに目を細め、俯いた。
あゆらは母親似である。つまり、杏奈もあゆらと同等に見目麗しいのだが、どことなく疲れたように幸の薄い雰囲気がある貴婦人だった。杏奈も由緒正しい家系の出ではあるが、親……つまりあゆらの祖父の事業が傾いた際にこの岸本家に嫁がされた。平たく言えば、家のために売られたようなものである。
その負い目のせいか、杏奈は常に夫である幸蔵の機嫌を損ねないように顔色を窺って生きていた。
「……ごめんなさいね、あゆら、私が、弱くて」
か細い声を出す母に、あゆらは胸が痛むのを感じた。決して母親が嫌いだというわけではない。いや、むしろ好きなのだろう。だからこそ許せないことがある。
幼な子のようにわがままに甘えることもできず、大人のように自分の気持ちをうまく噛み砕いて説明するような冷静さも持てない。
多感な十六歳は、子供と大人の狭間で揺れ動いていた。
「……もう、今日は食事もいりませんから、お風呂に入って休みます」
「そ、そうね、わかったわ、おやすみなさい、あゆら……」
目も合わせずにそう伝えると、あゆらはシャワーを浴びて自室へこもった。
嘘でも父や自分のためではなく、娘であるあなたが心配だから、くらい言えないのか、と。
「お母様がそんな風だから、お父様は今日も愛人のところではなくって?」
思わず嫌がらせのように杏奈を傷つける言葉が出る。それを聞いた彼女はとても悲しそうに目を細め、俯いた。
あゆらは母親似である。つまり、杏奈もあゆらと同等に見目麗しいのだが、どことなく疲れたように幸の薄い雰囲気がある貴婦人だった。杏奈も由緒正しい家系の出ではあるが、親……つまりあゆらの祖父の事業が傾いた際にこの岸本家に嫁がされた。平たく言えば、家のために売られたようなものである。
その負い目のせいか、杏奈は常に夫である幸蔵の機嫌を損ねないように顔色を窺って生きていた。
「……ごめんなさいね、あゆら、私が、弱くて」
か細い声を出す母に、あゆらは胸が痛むのを感じた。決して母親が嫌いだというわけではない。いや、むしろ好きなのだろう。だからこそ許せないことがある。
幼な子のようにわがままに甘えることもできず、大人のように自分の気持ちをうまく噛み砕いて説明するような冷静さも持てない。
多感な十六歳は、子供と大人の狭間で揺れ動いていた。
「……もう、今日は食事もいりませんから、お風呂に入って休みます」
「そ、そうね、わかったわ、おやすみなさい、あゆら……」
目も合わせずにそう伝えると、あゆらはシャワーを浴びて自室へこもった。
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