猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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導きの時

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 ふと、目を開いた先には、青々とした原っぱが広がっていた。
 短く生え揃った、果ての見えないみずみずしい草たち。
 いつの間にこんなところに来たのだろう。
 プツリと記憶が途切れた瞬間を思い返す。
 ――そうだ。人間……いや、生き物なら誰しも必ず訪れるその時を、私はついに迎えたのだ。
 そう思えば今立っている、この幻想的な空間も納得できた。
 うっすら漂う霧の中、草と草の境にキラキラ光る川を見つける。
 ガラスのように透明な清水が、細やかに穏やかに、一方通行に流れてゆく。
 ――三途の川って、本当にあったんだ。
 これを越えれば、魂は浄化され、違うものとして生まれ変わる。
 理屈ではなく、ここに来れば、世の理が自然とわかるように頭に流れ込んできた。
 無意味とも言える生き死にの繰り返し。
 その僅かな一端を担っていた『隅田川千鶴』という人間の役割は、終わりを告げた。
 享年は五十三歳。
 とても早くはないけれど、長生きでもない。
 奇しくも母と同じ年齢となった。
 ――それなりにいい人生だったな。
 結婚はしなかったし、子供も生めなかったけれど、仕事という名の生き甲斐を持てて充実していたと思う。
 寿退社をしてからも交流のあった旧姓藤本さんは、旦那さんの笹原くんと一緒によくお見舞いに来てくれた。
 ほんの少しだけ笑って、私は足を持ち上げる。
 ゆっくりと川に近づき、もう一歩で水に触れようとした。
 ――けれど、なぜか躊躇い、つま先を引く。
 この先にあるものが、命を与えられた者すべての進む、正しい道のはずなのに。
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