猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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導きの時

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 ほっそりとした猫背を前に、しずしずと階段を上がる。
 ちょうどお昼休み、いつもは藤本さんに誘われて屋上に出るけれど、今日は違う。
 まだ誰もいない開けた場所に、私と笹原くんの二人だけ。
 屋上のど真ん中に立ち止まった笹原くんは、すっと背を伸ばすと、勢いよく後ろを振り返った。
 この数ヶ月でずいぶん様変わりした。
 入社当時につけていた、トレードマークとも言えるメガネをコンタクトにし、スーツの趣味もおしゃれになった。
 仕事もがんばっていて、最近任される業務も増えた。
 これほど垢抜けたのは、彼が恋をしているからだ。
 そんな噂はちらほら耳にしていた。
 確かに以前、新しい扉が開いたとか、私のためにカッコよくなるとか言っていた気がするけれど――。

「か、課長っ……いえ、す、隅田川、千鶴さんっ……」

 ぎゅっと拳を握りしめて、勇気を絞り出すように、彼は私の目を見つめた。

「あ、あなたが、しゅっ……好きだす! ぼ、僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」

 快晴の青空の下、私より五つも若い彼は、みなぎる想いに輝いて見えた。
 初めてだ。
 こんなに面と向かって、告白をされたのなんて。そのはずなのに、なぜか、どこか引っかかる。
 ――初めて?
 ふと、誰かに「好き」と言われたような、そんな記憶が脳裏をかすめる。
 けれど、そんな事実はない。
 ただの私の妄想か。

「あ、あの……隅田川、課長……?」

 突然のことに驚きのあまり、現実味がなく茫然としていた。
 笹原くんの声に我に返り、その姿を改めて見据える。
 恋ってこんなに人を変えるのか。
 相変わらず話し方は独特だけれど、初めて会った時とは別人の彼が眩しく映る。
 今の笹原くんなら、藤本さんが隣に並んでいても違和感がない。
 きっと素敵な恋ができるだろう。
 でもなぜか、そこにいるのが自分だとは想像できなかった。
 気づけば私は、左手のひらで右手首を握りしめていた。
 腕時計もなにもないはずのそこを。

「笹原くん、私――」
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