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導きの時
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「猫宮、さん……なんで……外には、出られないんじゃ」
「人の姿では、な」
私の後ろにいた牛坐さんが、いつもの着物姿で腕組みしながら言った。
再度、猫宮さんに視線を戻すと、ゆっくりと歩みを進め、目の前で膝を折った。
「猫宮さん、私――」
それ以上、言葉が出なかった。
わざわざ私のために、こんな場所まで来てくれたのだろうか。
いつも穏やかな猫宮さんが、本気で怒ってくれたこと。
人の姿の、彼とも重なる。
優しげに、切なくしなる目尻に、私の瞼が熱を帯びてゆく。
すべてを吐き出し、迷いを吹っ切った今、この感情も、消えてなくなってしまうの――?
「お前の記憶の期限に期待しているぞ」
「待ってるでちよ」
「忘れたら承知しねえからな」
「また一緒にお料理しましょうね」
「信じていマス」
「……あなたならきっと、迷える仔羊とともに――」
牛坐さん、子々子ちゃん、繁寅さんに卯瑠香さん、白鳥さんと未國さん――。
顔を見なくても、声だけで誰だかわかる。
それだけ親しんだ彼らの気配が、言葉と一緒に薄れてゆく。
猫宮さんは、まだ私の前にいる。
行儀良くお座りして、私をじっと見上げている。
猫宮さん。猫宮さん。
「猫宮さん、私……猫宮さんが好きです。二人で、お店しようって、言ってくれましたよね? 絶対ですよ、約束ですからね」
ああ、どうしようもなく、涙で視界がぼやける。
「大丈夫です、私、記憶力いいんです。だから、忘れたりしません。猫宮さんのこと、一人になんて、しないから――」
不意に、唇に柔らかなものが触れた。
猫宮さんが、私の膝を持って、背伸びして、そっと、口づけた。
ぬくもりが離れた瞬間、彼の慈愛に満ちた微笑みを忘れない。
『ちづちゃん……君の幸せを願ってる』
リーーン
リーーン
リーー……ン
遠ざかる鈴の音。
猫宮さんと、私の繋がり。
「猫宮さんっ、猫宮さ……ね――」
瞬きした先には、なにもなかった。
辺りを見回し、立ち上がる。
ぼんやりとした頭に触れ、顔を顰めた。
「あれ……私、なにしてたんだっけ?」
確か、お母さんの葬儀をして……
なのに参列者は誰もいない。
私一人だけだ。
やたらと頬は濡れているのに、すっぽり記憶が抜け落ちたみたい。
「……変なの。なにか、夢でも見てたみたい。あっ、そうだ、次の仕事のスケジュール」
涙を拭い、一息つくと、私はその場をあとにした。
「人の姿では、な」
私の後ろにいた牛坐さんが、いつもの着物姿で腕組みしながら言った。
再度、猫宮さんに視線を戻すと、ゆっくりと歩みを進め、目の前で膝を折った。
「猫宮さん、私――」
それ以上、言葉が出なかった。
わざわざ私のために、こんな場所まで来てくれたのだろうか。
いつも穏やかな猫宮さんが、本気で怒ってくれたこと。
人の姿の、彼とも重なる。
優しげに、切なくしなる目尻に、私の瞼が熱を帯びてゆく。
すべてを吐き出し、迷いを吹っ切った今、この感情も、消えてなくなってしまうの――?
「お前の記憶の期限に期待しているぞ」
「待ってるでちよ」
「忘れたら承知しねえからな」
「また一緒にお料理しましょうね」
「信じていマス」
「……あなたならきっと、迷える仔羊とともに――」
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顔を見なくても、声だけで誰だかわかる。
それだけ親しんだ彼らの気配が、言葉と一緒に薄れてゆく。
猫宮さんは、まだ私の前にいる。
行儀良くお座りして、私をじっと見上げている。
猫宮さん。猫宮さん。
「猫宮さん、私……猫宮さんが好きです。二人で、お店しようって、言ってくれましたよね? 絶対ですよ、約束ですからね」
ああ、どうしようもなく、涙で視界がぼやける。
「大丈夫です、私、記憶力いいんです。だから、忘れたりしません。猫宮さんのこと、一人になんて、しないから――」
不意に、唇に柔らかなものが触れた。
猫宮さんが、私の膝を持って、背伸びして、そっと、口づけた。
ぬくもりが離れた瞬間、彼の慈愛に満ちた微笑みを忘れない。
『ちづちゃん……君の幸せを願ってる』
リーーン
リーーン
リーー……ン
遠ざかる鈴の音。
猫宮さんと、私の繋がり。
「猫宮さんっ、猫宮さ……ね――」
瞬きした先には、なにもなかった。
辺りを見回し、立ち上がる。
ぼんやりとした頭に触れ、顔を顰めた。
「あれ……私、なにしてたんだっけ?」
確か、お母さんの葬儀をして……
なのに参列者は誰もいない。
私一人だけだ。
やたらと頬は濡れているのに、すっぽり記憶が抜け落ちたみたい。
「……変なの。なにか、夢でも見てたみたい。あっ、そうだ、次の仕事のスケジュール」
涙を拭い、一息つくと、私はその場をあとにした。
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