猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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導きの時

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「あ、あのっ……牛坐さんのことはっ? 有名な旅館の」

 咄嗟に思いついた名前を出す。
 牛坐さんは部長に旅館の宿泊券を贈っていた。
 十二支たちの中でも縁深い存在のはず。
 ならきっと、記憶を結ぶ糸になるのでは、と。

「ああ、彼のことはもちろん知っているよ」

 部長の返事に一瞬胸を撫で下ろした私だったけれど、その続きは望んでいるものではなかった。

「あれだけ有名な老舗旅館の若旦那なんだ。知らない人の方が少ないだろう」

 微かに、だが確実にすれ違っていく会話。
 次に言葉を発そうとして、口を開いては力なく閉じる。
 説明したところでなんになるだろう。
 今の部長には、私がロマンチックな夢でも見たアラサー女に映るだけだ。

「そうだ、隅田川くん、噂で耳に入ったかもしれないが、実はうち、離婚することになってね」

 知らない。そんなこと。噂話に興味はない。
 大事な話のはずなのに、頭にちっとも入ってこない。

「だけど泥沼とか、そんなんじゃなくてね。ちゃんと話し合って、これからは自分たちの道を、いい距離を保って、お友達になりましょう、って感じだ」

 なにそれ。
 好きになった人と結婚できて、ずっと一緒にいられる切符を手に入れたのに、それを互いに手放すの?
 どれだけ想っても、叶わない相手だっているのに。

「そう、ですか……よかったですね」
「ははは、まあ、よかったかどうかはわからないが。例の旅館に二人で行って、リラックスして話ができた。なぜか私のカバンにチケットが入っていてね。不思議なことがあるもんだ」

 どんな道でも、選べばあとは進むしかない。
 来た道を振り返ることはあっても、もう戻ることはできない。
 部長は決めたのだ。
 迷いを吹っ切った。
 あの兄妹のように。
 だから猫宮さんの店に二度と姿を現さなかった。
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