猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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白昼の衝撃

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 あたたまっていた感情が凍りつく。
 酸素の少ない場所に突き落とされたみたい、呼吸がし辛くなる。
 部長も私の異変を悟ったのだろう。
 心配そうな面持ちで様子を窺うので、お昼行ってください、と小さな声で促した。
 部長が給湯室を出ると、改めて電話口の相手と向き合う。
 あんたは本当にそそかっしいんだから。
 昔から肝心なところで失敗する。
 だから結局なにも身にならないんだよ。
 数えるのもあきらめるほどに、繰り返されてきた台詞。
 無意味な相槌の分だけ、身体が重くなる。
 またお金の催促だろうか。この前送ったはずなのに。
 けれど今回ばかりは、私の予想が外れた。
 
「まりちゃんが結婚することになってね。来週の土曜日に式があるから来るんだよ」

 まりちゃん。
 その名前を聞くと心にモヤがかかるようだ。
 親戚というのはどうして仲良くなくても、イベントの度集まることが当然になっているのだろう。
 しかもその日は、仕事の予定を立てようと考えていた。結婚式ならもっと前にわかっていたはずなのに、いきなり直前に言われても困る。

「……来週の土曜日はちょっと、大事な仕事が入りそうで」
「なんだって? 仕事ぉ? 大したこともしてないくせに、よくそんな偉そうなことが言えたもんだね」

 いつもならここで引き下がるはずだけれど。
 今ならほんの少し、先に進める気がして。
 スマートフォンを持った右手首を、もう一方の手でぎゅっと握りしめた。
 
「……えら、そうに言ってるわけじゃなくて、本当に大きな任務抱えてて、だから、私の仕事……そんなふうに、言わ、ないでほしい」

 猫宮さんのお守りは確かに私に力を貸してくれたのに。
 お母さんはヒステリックに私を罵るだけだった。

「仕事なんかより人付き合いの方が大切でしょうが、いい年してそんなこともわからないのかい、私に恥をかかせたら許さないからね」

 ブチリと切られた声の繋がり。
 仕事なんかより、人付き合い。 
 今更あなたがそれを言うのか。

 そうだ、猫宮さんは教えてくれた。
 片方がどれだけ手を伸ばしても、受け取る手がなければ救いは生まれないのだ。
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