69 / 206
奇妙な仲間たち
32
しおりを挟む
「そっ……そんなことダ――」
そんなこと誰にでも言ってるんですよね。なんて言葉が湧き上がって無理やり沈めた。
仮にそうだとしても、問い正すようなことではない。
人と接する仕事なら時と場合によっては、過剰な褒め台詞だって必要なはずだ。
猫宮さんは誰にでも優しそうだし。
そう考えると、胸がチクリ、小さなトゲが刺さったみたいに痛んだ。
不思議そうな顔で「どうしたの?」と尋ねる彼に、私は「なんでもないです」と答えながら右手を軽く横に振った。
「ならいいんだけど。そうだ、前に注文してくれた猫の置き物なんだけどね」
「いや、別に注文したわけでは……」
「名前がわからないと届けられないから、そろそろ教えてほしいなぁ」
いつの間にか話が飛躍し、ネット配達のような扱いになっている。
けれど本当に、名前を知らないと不便があるのだろうか。
そもそもここにいる時に、渡せば済む話なのでは。
コロンとしたガラス玉みたいな瞳は、真っ直ぐに映した私の返事を待っている。
――あ、そっか。
突然、私は理解した。
これは彼なりの私への気遣いなのだと。
一度名乗るのを拒否した手前、定型文で聞かれてはまた答えにくいと思ったのだろう。
だからわざわざ、そんな遠回しなことを。
「……そう、ですか。届けられないなら、仕方がないですね」
「うんうん」
「……千鶴です。隅田川千鶴」
気に入っているなんてとても言えない。
お母さんがつけた名前を口にすると、猫宮さんはパッと明るい表情をした。
「わあ、すっごくいい名前! 生き物が入ってるなんて、僕たちと同じだね」
――びっくりした。
目の前で、向日葵が咲いたのかと思った。
そんなこと誰にでも言ってるんですよね。なんて言葉が湧き上がって無理やり沈めた。
仮にそうだとしても、問い正すようなことではない。
人と接する仕事なら時と場合によっては、過剰な褒め台詞だって必要なはずだ。
猫宮さんは誰にでも優しそうだし。
そう考えると、胸がチクリ、小さなトゲが刺さったみたいに痛んだ。
不思議そうな顔で「どうしたの?」と尋ねる彼に、私は「なんでもないです」と答えながら右手を軽く横に振った。
「ならいいんだけど。そうだ、前に注文してくれた猫の置き物なんだけどね」
「いや、別に注文したわけでは……」
「名前がわからないと届けられないから、そろそろ教えてほしいなぁ」
いつの間にか話が飛躍し、ネット配達のような扱いになっている。
けれど本当に、名前を知らないと不便があるのだろうか。
そもそもここにいる時に、渡せば済む話なのでは。
コロンとしたガラス玉みたいな瞳は、真っ直ぐに映した私の返事を待っている。
――あ、そっか。
突然、私は理解した。
これは彼なりの私への気遣いなのだと。
一度名乗るのを拒否した手前、定型文で聞かれてはまた答えにくいと思ったのだろう。
だからわざわざ、そんな遠回しなことを。
「……そう、ですか。届けられないなら、仕方がないですね」
「うんうん」
「……千鶴です。隅田川千鶴」
気に入っているなんてとても言えない。
お母さんがつけた名前を口にすると、猫宮さんはパッと明るい表情をした。
「わあ、すっごくいい名前! 生き物が入ってるなんて、僕たちと同じだね」
――びっくりした。
目の前で、向日葵が咲いたのかと思った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

化け猫のミーコ
板倉恭司
キャラ文芸
不思議な力を持つ黒猫のミーコ。人知を超越した力を持つ化け猫と、様々な人間との出会いと別れを描いた連作短編。※以前は『黒猫のミーコ』というタイトルでしたが、全く同じタイトルの作品があったのでタイトルを変更しました。

辺境の街で雑貨店を営む錬金術士少女ノヴァ ~魔力0の捨てられ少女はかわいいモフモフ聖獣とともにこの地では珍しい錬金術で幸せをつかみ取ります~
あきさけ
ファンタジー
とある平民の少女は四歳のときに受けた魔力検査で魔力なしと判定されてしまう。
その結果、森の奥深くに捨てられてしまった少女だが、獣に襲われる寸前、聖獣フラッシュリンクスに助けられ一命を取り留める。
その後、フラッシュリンクスに引き取られた少女はノヴァと名付けられた。
さらに、幼いフラッシュリンクスの子と従魔契約を果たし、その眠っていた才能を開花させた。
様々な属性の魔法が使えるようになったノヴァだったが、その中でもとりわけ珍しかったのが、素材の声を聞き取り、それに応えて別のものに作り替える〝錬金術〟の素養。
ノヴァを助けたフラッシュリンクスは母となり、その才能を育て上げ、人の社会でも一人前になれるようノヴァを導きともに暮らしていく。
そして、旅立ちの日。
母フラッシュリンクスから一人前と見なされたノヴァは、姉妹のように育った末っ子のフラッシュリンクス『シシ』とともに新米錬金術士として辺境の街へと足を踏み入れることとなる。
まだ六歳という幼さで。
※この小説はカクヨム様、アルファポリス様で連載中です。
上記サイト以外では連載しておりません。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
卑屈令嬢と甘い蜜月
永久保セツナ
キャラ文芸
【全31話(幕間3話あり)・完結まで毎日20:10更新】
葦原コノハ(旧姓:高天原コノハ)は、二言目には「ごめんなさい」が口癖の卑屈令嬢。
妹の悪意で顔に火傷を負い、家族からも「醜い」と冷遇されて生きてきた。
18歳になった誕生日、父親から結婚を強制される。
いわゆる政略結婚であり、しかもその相手は呪われた目――『魔眼』を持っている縁切りの神様だという。
会ってみるとその男、葦原ミコトは白髪で狐面をつけており、異様な雰囲気を持った人物だった。
実家から厄介払いされ、葦原家に嫁入りしたコノハ。
しかしその日から、夫にめちゃくちゃ自己肯定感を上げられる蜜月が始まるのであった――!
「私みたいな女と結婚する羽目になってごめんなさい……」
「私にとって貴女は何者にも代えがたい宝物です。結婚できて幸せです」
「はわ……」
卑屈令嬢が夫との幸せを掴むまでの和風シンデレラストーリー。
表紙絵:かわせかわを 様(@kawawowow)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる