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奇妙な仲間たち
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「そっ……そんなことダ――」
そんなこと誰にでも言ってるんですよね。なんて言葉が湧き上がって無理やり沈めた。
仮にそうだとしても、問い正すようなことではない。
人と接する仕事なら時と場合によっては、過剰な褒め台詞だって必要なはずだ。
猫宮さんは誰にでも優しそうだし。
そう考えると、胸がチクリ、小さなトゲが刺さったみたいに痛んだ。
不思議そうな顔で「どうしたの?」と尋ねる彼に、私は「なんでもないです」と答えながら右手を軽く横に振った。
「ならいいんだけど。そうだ、前に注文してくれた猫の置き物なんだけどね」
「いや、別に注文したわけでは……」
「名前がわからないと届けられないから、そろそろ教えてほしいなぁ」
いつの間にか話が飛躍し、ネット配達のような扱いになっている。
けれど本当に、名前を知らないと不便があるのだろうか。
そもそもここにいる時に、渡せば済む話なのでは。
コロンとしたガラス玉みたいな瞳は、真っ直ぐに映した私の返事を待っている。
――あ、そっか。
突然、私は理解した。
これは彼なりの私への気遣いなのだと。
一度名乗るのを拒否した手前、定型文で聞かれてはまた答えにくいと思ったのだろう。
だからわざわざ、そんな遠回しなことを。
「……そう、ですか。届けられないなら、仕方がないですね」
「うんうん」
「……千鶴です。隅田川千鶴」
気に入っているなんてとても言えない。
お母さんがつけた名前を口にすると、猫宮さんはパッと明るい表情をした。
「わあ、すっごくいい名前! 生き物が入ってるなんて、僕たちと同じだね」
――びっくりした。
目の前で、向日葵が咲いたのかと思った。
そんなこと誰にでも言ってるんですよね。なんて言葉が湧き上がって無理やり沈めた。
仮にそうだとしても、問い正すようなことではない。
人と接する仕事なら時と場合によっては、過剰な褒め台詞だって必要なはずだ。
猫宮さんは誰にでも優しそうだし。
そう考えると、胸がチクリ、小さなトゲが刺さったみたいに痛んだ。
不思議そうな顔で「どうしたの?」と尋ねる彼に、私は「なんでもないです」と答えながら右手を軽く横に振った。
「ならいいんだけど。そうだ、前に注文してくれた猫の置き物なんだけどね」
「いや、別に注文したわけでは……」
「名前がわからないと届けられないから、そろそろ教えてほしいなぁ」
いつの間にか話が飛躍し、ネット配達のような扱いになっている。
けれど本当に、名前を知らないと不便があるのだろうか。
そもそもここにいる時に、渡せば済む話なのでは。
コロンとしたガラス玉みたいな瞳は、真っ直ぐに映した私の返事を待っている。
――あ、そっか。
突然、私は理解した。
これは彼なりの私への気遣いなのだと。
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だからわざわざ、そんな遠回しなことを。
「……そう、ですか。届けられないなら、仕方がないですね」
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気に入っているなんてとても言えない。
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「わあ、すっごくいい名前! 生き物が入ってるなんて、僕たちと同じだね」
――びっくりした。
目の前で、向日葵が咲いたのかと思った。
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