猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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奇妙な仲間たち

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 ドサッと、重みのある音がして、ピクリと顎を動かす。
 目だけで追った地面には、肩からずれたトートバッグが落ちていた。
 ――あれ、夢だったの?
 忙しなく動くまつ毛の奥、曇ったレンズに右手を映せば、今朝と変わらない金糸のお守り。
 ――いや、夢なんかじゃない。
 自分に言い聞かせながら、ぎゅっと目を瞑り、両手を合わせる。
 困った時の神頼みではない。
 もう一度、あの機会が欲しいと、切に願う気持ちだけ。
 形のないものを強く手繰り寄せたがる内なる力。
 どうせ求めても叶わないと、あきらめ癖のついた私を駆り立てる。

 ――ふわり。
 瞼の下にチラつく、蛍のように優しい光。
 ポツリ、ポツリと増えていって、やがて一つの大きな明かりになる。
 眩しさを感じ視界を開くと、ようやく出会えた、昨夜の光景。
 檜色の板でこさえた、寿司屋のような馴染みある外観。
 暗闇の空間に、着地点もないのに微動だにしない。
 明るい夕陽のような淡い光を帯びた建物。
 それを前にした瞬間、私は言いようのない喜びを得た。
 秘密基地を探り当てた子供に近いかもしれない。
 怯えていた昨日をすっかり忘れ、今度は誰に命じられなくても、自分の足でしっかり歩く。
 とはいえ、やっぱり地面を踏む感覚はない。
 代わりに柔らかな大気に乗っているような、真夜中の空中散歩。
 漂う光をたどれば、道がなくても目標に近づける。
 迷子がすぐ気づけるように……そんなこと、言ってたっけ?
 店の正面まで来ると、襖のような引き戸に手をかける。
 理由もわからず胸を高鳴らせ、ゆっくりと扉を横にずらした。
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