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奇妙な仲間たち
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「あれは……なんだね、藤本くんが泣いているのかね」
「……さあ?」
十中八九、演技だろう。
エレベーターを降りたところで嘘泣きすれば、出勤してきた社員の同情を引けるから。
課長にいじめられたんです~、と言う彼女に、かわいそう藤本ちゃんっ、と慰める男の茶番が繰り広げられているのだ。
「隅田川くん、なにか……」
「なんですか?」
食ってかかるように部長の声に返事を被せた。
見当違いな注意をしようものなら、瞬時に反抗できる臨戦態勢だ。
『そんなに構えなくて大丈夫ですよ』
――リーン。
不意に、風鈴の音のように涼やかな声が吹き抜けた。
それは鼓膜の内まで響くようで、とても遠くにこだましているようにも感じた。
すっと、肩の力が抜ける。
私が手負いの獣になってはダメだ。
この件に関して、部長はなにも悪くないのだし。
冷静さを取り戻して、ふう、と短く深呼吸。
「藤本さんの服装を指摘したら文句を言われたので……頭にきて言い返してしまっただけです。大人気ないことをしてしまいました」
私の気迫にたじろぎ気味だった部長は、小さな目を丸くしたあと、眉間に皺を寄せうんうんと頷いてみせた。
「藤本くんは愛想がよく気配りができて、いいところもあるんだがね……確かに服装は目に余る、わしからも言っておこう。しかし大人気ないとは……君と彼女は五つしか違わないだろう」
てっきり藤本さんを庇うだけで終わると思っていたのに、この返答は意外だった。
しかも私の年齢までちゃんと覚えていたとは。
「……よろしくお願いします」
軽く頭を下げ、再度見た部長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「……なんですか?」
「いやぁ、ずいぶんしおらしいというか、素直な隅田川くんは珍しいと思ってね」
「どういう意味ですか?」
「あっ……あーっ、急がないと遅刻だ!」
わざとらしく腕時計を確認して逃げるように走り去る部長。
――私、なにか違ってた?
しばし部長の丸い背中を眺めたあと、やるべきことを思い出した私も急いでオフィスに向かった。
「……さあ?」
十中八九、演技だろう。
エレベーターを降りたところで嘘泣きすれば、出勤してきた社員の同情を引けるから。
課長にいじめられたんです~、と言う彼女に、かわいそう藤本ちゃんっ、と慰める男の茶番が繰り広げられているのだ。
「隅田川くん、なにか……」
「なんですか?」
食ってかかるように部長の声に返事を被せた。
見当違いな注意をしようものなら、瞬時に反抗できる臨戦態勢だ。
『そんなに構えなくて大丈夫ですよ』
――リーン。
不意に、風鈴の音のように涼やかな声が吹き抜けた。
それは鼓膜の内まで響くようで、とても遠くにこだましているようにも感じた。
すっと、肩の力が抜ける。
私が手負いの獣になってはダメだ。
この件に関して、部長はなにも悪くないのだし。
冷静さを取り戻して、ふう、と短く深呼吸。
「藤本さんの服装を指摘したら文句を言われたので……頭にきて言い返してしまっただけです。大人気ないことをしてしまいました」
私の気迫にたじろぎ気味だった部長は、小さな目を丸くしたあと、眉間に皺を寄せうんうんと頷いてみせた。
「藤本くんは愛想がよく気配りができて、いいところもあるんだがね……確かに服装は目に余る、わしからも言っておこう。しかし大人気ないとは……君と彼女は五つしか違わないだろう」
てっきり藤本さんを庇うだけで終わると思っていたのに、この返答は意外だった。
しかも私の年齢までちゃんと覚えていたとは。
「……よろしくお願いします」
軽く頭を下げ、再度見た部長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「……なんですか?」
「いやぁ、ずいぶんしおらしいというか、素直な隅田川くんは珍しいと思ってね」
「どういう意味ですか?」
「あっ……あーっ、急がないと遅刻だ!」
わざとらしく腕時計を確認して逃げるように走り去る部長。
――私、なにか違ってた?
しばし部長の丸い背中を眺めたあと、やるべきことを思い出した私も急いでオフィスに向かった。
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