猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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出会いの夜

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 受け取り手のない言葉が宙を漂い消えた頃には、お母さんの口座に振り込みが完了していた。契約カードの数字の羅列も、もう全部覚えてしまったから。
 家賃や保険料、公共料金などの必要経費の引き落としに混ざり、日を追うごとに増えていく隅田川幸恵さちえの名前。
 確かにお母さんは私にお金をかけてくれた。
 幼児期から大量の学習資材、塾を中心に多数の習い事、中学高校と私立。
 食育にもこだわって、オーガニックの野菜や魚料理ばかり。肉は記念日だけ、甘いものに至っては頭が悪くなるからと一切出してもらえなかった。
 ――思い出した。
 さっき特大パフェを食べたあとの背徳感。
 小学生の頃、遊びに行った友達の家で出てきたプリンを、我慢できなくて食べてしまった。あの時と同じだ。
 その日、お母さんに晩御飯の進みが遅いことを指摘された私は正直に話した。
 まさかそこまで大変なことになると思っていなかったからだ。
 お母さんは泣き喚いた。
 どうして私の言うことが聞けないの、あんたのためにやっているのに、あんたもお父さんのように私を捨てるのか、と。
 二十年前になるのに未だに忘れることができない、狂ったような女の姿。
 あんなことになるくらいなら、もう絶対食べない。欲しがらずにお母さんの言う通りにしていればいいと思った。
 お母さんはプリンをくれた友達の家に乗り込んだ。深夜に玄関先で、お宅の子とうちの子は違う、もう二度と関わるなと告げていた。
 ただでさえ習い事や勉強で数少ない友達だったのに、私は完全に一人になった。
 それでもお母さんがいれば、寂しくはなかった。
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