猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
23 / 206
出会いの夜

22

しおりを挟む
 うっかりここの不思議な空気に流されそうになったけれど、落ち着いて考えてみればおかしなことばかりだ。
 どういう巡り合わせでこんなところに来てしまったのか知らないけれど、これ以上変なことに関わりたくない。
 個人を特定する氏名なんて、教える必要はないだろう。もう二度と会うこともないのだし。

「……あ、あの、もう、いいですよね?」
「まだまだいくらでも、うちは無限おかわりできますよ」
「そうじゃなくって!」

 ガタンッ、と大きな音を立て、椅子が床に倒れる。
 私が衝動的に立ち上がったせいだ。
 なのにちっとも驚いた視線を感じない。
 私一人が楯突いたところで、この場所の雰囲気は壊れるほどやわではないらしい。
 
「……食べ終わったから、帰れるんですよねって聞いてるんです」

 深刻な面持ちで発言すると、目の前に立つ彼はキョトンとしたあと、柔らかく表情を崩した。

「帰りたいんですか?」

 ――帰りたい? 
 そう問われて、ハイと即答できない自分に苛立つ。
 ――どこに帰るの。あなたの居場所は?
 知らない、そんなの。
 帰りたいという気持ちよりも、帰らなきゃいけないという命令じみた文言しか浮かばない。
 
「どうしてそんなに急いでるんですか?」
「どうしてって……いろいろ、やらなきゃいけないことがあるから」
「やらなきゃいけないことって?」
「それは……資格の、勉強とか、スキルアップするために調べものをしたり、仕事の復習とか、予習、とか」

 やたらと落ち着き払ったにこにこ笑顔に、ついムキになって不要なことまで話してしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

辺境の街で雑貨店を営む錬金術士少女ノヴァ ~魔力0の捨てられ少女はかわいいモフモフ聖獣とともにこの地では珍しい錬金術で幸せをつかみ取ります~

あきさけ
ファンタジー
とある平民の少女は四歳のときに受けた魔力検査で魔力なしと判定されてしまう。 その結果、森の奥深くに捨てられてしまった少女だが、獣に襲われる寸前、聖獣フラッシュリンクスに助けられ一命を取り留める。 その後、フラッシュリンクスに引き取られた少女はノヴァと名付けられた。 さらに、幼いフラッシュリンクスの子と従魔契約を果たし、その眠っていた才能を開花させた。 様々な属性の魔法が使えるようになったノヴァだったが、その中でもとりわけ珍しかったのが、素材の声を聞き取り、それに応えて別のものに作り替える〝錬金術〟の素養。 ノヴァを助けたフラッシュリンクスは母となり、その才能を育て上げ、人の社会でも一人前になれるようノヴァを導きともに暮らしていく。 そして、旅立ちの日。 母フラッシュリンクスから一人前と見なされたノヴァは、姉妹のように育った末っ子のフラッシュリンクス『シシ』とともに新米錬金術士として辺境の街へと足を踏み入れることとなる。 まだ六歳という幼さで。 ※この小説はカクヨム様、アルファポリス様で連載中です。  上記サイト以外では連載しておりません。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

化け猫のミーコ

板倉恭司
キャラ文芸
不思議な力を持つ黒猫のミーコ。人知を超越した力を持つ化け猫と、様々な人間との出会いと別れを描いた連作短編。※以前は『黒猫のミーコ』というタイトルでしたが、全く同じタイトルの作品があったのでタイトルを変更しました。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

カルム

黒蝶
キャラ文芸
「…人間って難しい」 小さな頃からの経験により、人間嫌いになった翡翠色の左眼を持つ主人公・翡翠八尋(ヒスイ ヤヒロ)は、今日も人間ではない者たちと交流を深めている。 すっぱり解決…とはいかないものの、頼まれると断れない彼はついつい依頼を受けてしまう。 相棒(?)の普通の人間の目には視えない小鳥・瑠璃から助言をもらいながら、今日もまた光さす道を目指す。 死霊に妖、怪異…彼等に感謝の言葉をかけられる度、ある存在のことを強く思い出す八尋。 けれどそれは、決して誰かに話せるようなものではなく…。 これは、人間と関われない人と、彼と出会った人たちの物語。

処理中です...