猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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出会いの夜

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 正面扉の裏側に当たる天井沿いに、旗のような横長の白い布。そこには黒い達筆で『猫の罪深い料理店』と書いてあった。
 外にいる時はわからなかったはずだ。これじゃあ店内からしか見えない。

「俺がつけてやった名前だ。なかなかいかすだろう」
「……なんで、内側に?」
「暖簾よりも明かりが目立つように……猫宮のこだわりでち」

 牛の広い肩に乗り顔を覗かせたネズミ。
 色素の薄い瞳が半月状になり私を見つめている。

「迷子がすぐに気づけるように……だったよな?」

 牛坐さんがそっと、会話のたすきを猫宮さんに渡す。
 迷子って、私が――?
 改めて見上げた彼は、少し驚いたように目を大きくしたあと、ふっと息を漏らして微笑んだ。

「……はぐれ者の僕だからこそ、できることがあるのかなって。……なんて、大層なことじゃないですよ、趣味みたいなものです」

 ――はぐれ者。
 そっか……猫は十二支に入れなかったんだ。

「十二支の話を知っていますか?」
「あ、ええ、確か……神様が決めた場所に早く着いた動物を一年ごとに大将にするとか。でも、猫は約束の日に行けなくて」

 うんうん、と彼は感心するように穏やかに頷いた。

「そんな猫をかわいそうだと思った神様が、特別にこの場所を授けてくれたんです」

 十二支の起源や成り立ちについては、諸説さまざまな言い伝えがあるようだが、そんな慈悲深い裏話は初めて聞いた。
 ――って、あれ?
 だけど、猫が誤った行動をした原因って、確か……。

「そんなことよりも」

 干支の習わしについて、追いかけていた知識が急に吹き飛んだ。
 猫宮さんが突然顔を近づけてきたからだ。
 他人とこんなに距離を詰めたことはない。
 いや、唯一の家族であるはずの母親でさえ、密に接した記憶がないのだ。
 だからつい動揺してしまうのは、仕方がないと思いたい。
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